”日本渓清流魚名周覧・2009年補遺分”及"奥木曽釣行の記”より転載
<略(東岩魚)>・・・木曽川水系野上川中流を探釣してみたところ、釣果のアマゴ(地方名:タナビラ)のうち一尾が下記の ごとき全長12cm大の珍奇な狆頭アマゴ:Pugheaded Amago であった。 狆とは小型犬の1品種で顔が平たい特有の顔立ちで目は丸くて大きい、これと似ていることから狆頭という名がある。魚類 の前頭頂骨、中下篩骨の異常、鼻腔狭小化、前上顎の短縮などを伴う奇形、いわゆる狆頭 Pughead 、Mopskopfについての研究 は、疋田(1955.1961)@Aがシロザケの奇形例を報告したのが日本では初期のものであろう。その後、駒田(1974)Bは アユ、本間(1980.1983)CDはイワナの狆頭を発表している。その他の魚種は淡水魚ではコイ、海産魚ではマサバ、マアジ、 ベニザケ、ハモなど多く報告がある。 また、私の手元にある文献で最古のものは、イギリスのP.D.Malloch(メローク 1910)E明治43年発表のもので、その著書 のMonstrosities・奇形の項にスコットランドのTay川で1904年、1907年に採取したBrown−troutとSea-troutの当時としては 鮮明な接写の狆頭写真を載せ、Short-head:短頭と説明しつつ、この発症原因は卵ないし幼魚時の傷害が原因ではなかろうかと 述べている。現在では孵化以前の原因による器官または身体の形態異常は奇形:Melformation 、孵化以後の形態異常は変形 :Deformity と区別されている。 また、奇形魚の方が変形魚よりも生残しがたいと考えられている。この奇形発生因については、遺伝子の変異が疑われる も今なお不明であり、このMalloch の報告以来100年を経過しているのに未解明とは自然科学分野の発展が疑われる。 イワナやアユの狆頭写真については既刊本に紹介したが、このアマゴに関しては寡聞ながら文献や報告例は見当たらず。私に とって初見参であった。 他方、新しく見つかったアマゴの奇形については、秋篠宮文仁殿下や森誠一ら(2009)Fは下顎伸展型(受口):The longer lower jawed form 7例を日本魚類学会誌56巻2号に発表している。この件について、私の大胆な考えであるが下顎が鉤を伴っ て上顎より前方に伸展するのは、老成した産卵期のSalmotrutta、Brown-troutなどのSalmo 属やSalvelinus 、イワナ属 の雄に見られる。系統発生学的に最も先祖種のSalmo属(ニジマス原種)に近いアマゴ・ヤマトマスに見られた事実は、その説を 支持する私にとっては意義深く、恐らく遺伝学的に「先祖返り」Atavism Gと呼ばれ、例外の個体に現れる奇形であるが、もち ろんこの小集団全体が将来進化学的に同じようになることは無いなどと推量される。 すなわち、この現象を非逆行の法則Low of irreversibility またはドロの法則Dollo's low と呼ばれる。 しかし、この例とは異なり、まったく重病的な狆頭という不恰好な体型では辛うじて鼻孔は下方へ偏在しながら存じているも のの、口吻開口部は極めて狭小であり、したがって摂餌もままならず到底厳しい競争に打ち勝つことは困難で、今後生残は危ぶ まれる。この魚は食わせで口顎に引っ掛けて釣り上げたのではなく、腹下部に鉤が偶然スレ掛りして得たのである。撮影後は じきさま「頑張って生き抜けよ!!」ともとの住処(すみか)にリリースする。 ついでながら、他魚の俚言収録結果はアブラハヤを「ヤナギバ・柳葉」、ウグイは「アカウオ・赤魚」と呼んでいた。 ここで特筆すべきは狆頭魚の俚言があるのだという。秋田県米代川流域で周辺の山川を猟場として熟知し、獲物にも詳しい山窩 (さんか)の里・阿仁地方では、狆頭イワナに「ゾンジャイワナ」H、「ジョンジャイワナ」、「ジョンジャザッコ」という呼び 名が古くから伝わっている。それはこの地区では狆頭イワナが頻繁に見られ、普通のイワナと狆頭イワナの棲息比率が観察では 6対4の割合という高い密度で生息する小沢があるためであろう。 昔の村落の人びとは、この小さな顔に比し大きく見開いた眼球と、説法するがごとき長く突き出した厚い下唇という威圧する 異様な風姿に畏敬の念をともなってか、見方により達磨大師という尊者にも見えることから「尊者岩魚」の語源発生に至ったので」 はないかろうかと憶測する。これに反して、アユやアマゴなどに関しての狆頭俚言は見当たらない。恐らく各地での発症個体例が 極めて稀なため、いままで人目にほとんど触れなかったからであろう。 帰り道絶え間なく大型トラックが行き交う国道19号線沿いにある地産・伝統工芸品の漆器屋や木曽木工館などの多くが、100年 に一度という金融危機・不況のあおりを受けて多くが閉店の憂き身にあっているのを散見する。日本の宝ともいうべき、これら 伝統工芸という貴重で古き良き物の多くが、ただ消え去って行くのは、それが時代の流れ、うねり、運命だとするには余りにも 悲しい国家的損失であろう。早急な保存や後継者育成の方策が必要と思われる。 この俚言についても同様の道程にあり、ほんの少しでも発掘追加し、この祖先の遺産を記録して書きおかねばと念じ細やかなが ら努力している。 吉安 克彦 記 注:○数字は引用文献が記載されていますがHP管理人の独断で省略いたしました。 注:漢字表記のうち一部はHP管理人の独断で平仮名にしました。 |
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狆頭天魚 |
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アメマス系イワナ:オチョボグチ・イワナ
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右2枚と対照 |
御千代保口岩魚 |
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