経済学豆知識: 「不確実性(uncertainty)」について  
平成21年1月11日(日)
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 ゲーム理論は、数学者ノイマンとモルゲンシュテルンが1944年に発表した本からはじまったと理解されているようだ。ノイマンの独創ではないようだが、 ゲーム理論の論争史に明るくないので、伝聞調を一部まじえながら、かかせていただく。フォン・ノイマンは量子力学の数学的基礎についての本を1933年に 出したが、量子力学に関する「コペンハーゲン解釈」を受けいれていた。つまり、電子は観察者がみたときに波動から粒子に姿をかえ、観察前の波動の存在は確 率論になる、という解釈である。自然科学でも確率の話になっているので、人間の行動も確率で考えるべきではないかとかんがえたようで、2人のプレイヤーが いたとき、相手の行動も確率でしかわからないという枠組みでのゲーム理論をつくった。相手の行動が不確実である場合の戦略を、「混合戦略」という。
 このようなゲーム理論にかぎらず、以下、不確実性とは、計算不能、予測不能な不確実さを意味すると、理解されたい。これにたいして、「リスクがある」と いう場合のリスクは、計算可能であるとかんがえていただきたい。そう定義して、使わせていただく。不確実性というのは、本当に将来がどうなるかわからない 状態である。計算ができない状態。あるいはしても意味がないというか、そういう、人々を不安にさせる状態である。
 これにたいして、相手は自分の行動を合理的計算にもとづいて決めているとするなら、そこには不確実性はない。不確実性がない場合のゲーム理論もあるが、 基本で勉強する囚人のジレンマやナッシュ均衡は、不確実性がない場合の理論である。不確実性を前提としたノイマンらは、したがって確実下のナッシュ均衡概 念や、ワルラスの一般均衡すら、否定し攻撃していたようである。
     補足1:ジョン・ナッシュは、ノーベル経済学受賞者で、統合失調症で苦しむ天才的数学者・経済学者。米国の映画
         「ビューティフル・マインド」でラッセル・クロウが主演した主人公が、ナッシュ教授。
     補足2:ゲーム理論は、市場をたった2社が独占(複占)しているようなケースでの、価格設定の分析をおもいだして
         いただくと、その有用性が理解されやすい。価格カルテルをむすんで独占利潤をむさぼればよいところを、互いに
         値下げ競争に陥って損をしてしまうパターンが、ナッシュ均衡にあたる。「囚人のジレンマ」では、二人ともが「自白」
         する場合が、ナッシュ均衡である。
 わたしはゲーム理論の専門家ではないが、ナッシュ均衡概念より、相手の行動が読めない、計算できない、あるいは確率でしか表現できないような状況での ゲーム理論(マックス・ミン戦略ともいう)のほうが、現実により近いモデルとなっていると思う。
 ケインズの代表作である、いわゆる「一般理論」は、不均衡動学理論の基本書であるが、不均衡が生じる要因として、不確実性が重視されている。将来どうな るかわからないので、人々には心理的な不安があり、投資しないで、貨幣形態で資産を保持してしまう。貨幣つまり「流動性」を選好してしまう(流動性選好 説)。そういうときにすら投資をする事業家がいるとすれば、事業家のアニマル・スピリッツ(動物的勘とでも訳すべきか)によると、彼は考えた。将来不安と いうか、不確実性がある場合、利子を下げても、投資はかならずしも増えないのである。緻密な経済学理論の古典中の古典の要諦が、アニマル・スピリッツや心 理的不安だという点は、興味深いことである。ケインズが、結論的には、公共事業で政府が需要を創出しないと投資はでてこないと主張したことは、周知のとお りである。ちなみにヒックスは、難解な「一般理論」を簡単なIS/LM曲線で説明した。ヒックスは、ケインズの理論を単純化して、ケインズの「一般理論」 を世界にひろめることに貢献した。反面、ケインズが重視していた不確実性の面を落としてしまった。ケインズの高弟スラッファーも、主観がはいりこむ不確実 性概念は、最終的には拒絶していた。
 計算可能なリスクではなく、計算すらできないような不確実なことが、市場にはおおい。ケインズにせよ、ノイマン流のゲーム理論にせよ、そのような「不確 実性」の問題と、格闘したということだろう。
 ホモ・エコノミクス(合理的経済人)を前提とする理論だけが、経済学ではないのである。将来どうなるかわからないし、合理的に動きようがないということ を前提にした経済学もあり、しかも決して異端派ではなく、主流派でもないが、大きな学派として、堂々と存在している。
 今、われわれはリーマンショックもあって、この世界的経済危機についてたいへん大きな不安をもっている。しかし、そもそも資本主義経済は、計画性がない ので、将来どうなるかが予想しにくい。本来、資本主義は、人々が不安になりやすい体制なのだと、思われる。終わり

【参考文献】
-根井雅弘編著『わかる現代経済学』朝日新聞社、2007年(朝日新書087 720円+税)

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