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クリチバの公害裁判 【取材日:平成20年7月17日(木)】 (1)はじめに Ministério Público(直訳:公共省)という行政機関がある。経済的な被害をうけた市民の訴えをきいて、市民にかわって加害者(企業)に対して訴 訟を提起するような仕事をしている省であ る。連邦と州にあり、司法機構の一環である。いぜんから、ブラジルにおける大気汚染裁判について調べたいとおもっていたが、ようやく最適な情報源にたどり 着いた。 大気汚染裁判の前提として、大気汚染による健康被害という概念が疫学的にある程度確立していることが必要であると思われる。ブラジルでは、まだ大気汚染 と健康被害の関係が疫学的に確立していない。そこでなかなか裁判が進まない。そのあたりの事情を詳しく知りたかったのである。 AVINAで話をきいて、それでMinistério Públicoのネットサイトにはいって、電話番号をしらべて、電話して、アポをとった。仲介者はいない。対応してくださったのは、かなり ベテランの幹部 で、強面の雰囲気のかたであったが、最初から公害裁判の細部の話にはいったので、すぐにうち解けてくださった。仮にこの方をAさんとしておこう。 (2)伺った内容の要点 以下、箇条書き風にメモをしておく。 1 州や市の厚生局が、疫学的調査をしており、大気汚染と健康被害の関係を確立させようとしているが、裁判では使えない。なぜなら被害をうったえている地 区についての詳細なデータではなく、クリチバ全体についてのデータなので、具体的ケースにおける因果関係の立証には、不十分である。そこで、当該地区につ いての個別の調査をするほかないが、調査員がいない。汚染と健康被害の因果関係の立証には、非常に苦労している。 この問題について、論文を精力的に発表している医師は、サンパウロ大学(USP)の、Paulo Saldiva医師である。クリチバにはそういう医師はいない。 2 大気汚染以外では、多国籍自動車メーカーによるペンキの排出が、水質汚染と土壌汚染をおこしているという問題がクリチバ大都市圏内で生じており、現在 メーカーを相手取った公害裁判が進行中である(メーカー名はわかっているが、控えておく)。 3 IAP (州の環境機関)が大気汚染濃度の測定をしているが、きわめて不十分で、裁判に使えるような精度の高いデータは集まらない。固定測定局も少ないし、簡易の ものである。 4 クリチバが「エコロジカル・シティ」というのは、現実ではない。言葉の世界だけの話である。実際は、空気は悪いし、バスの排ガス規制も弱いし、水質の 制御も不十分で、企業の汚染の監督は不十分である。 5 公害裁判は、Ministério Públicoがになう場合がおおいが、住民の訴えをきいて弁護士が提訴する場合も、ないことはない。それで勝利した希有なケースが、 Prudentópolis市(クリチバから200kmほど離れた土地)での有毒農薬をめぐる裁判である。Vaniaさんという有名な環境 弁護士が、一人 でたたかって、勝利した。ブラジルでは弁護士による集団訴訟は、ない。 6 アマゾン地域でもっとも深刻なのは、森林火災による大気汚染による子どもや高齢者への健康被害である。この場合、汚染者を特定することが難しく、企業 による大気汚染以上にやっかいな問題となっている。 7 裁判では、学者証言も用いている。そういう協力は、学術界から得ることができる。 (3)感想 別途知り合った、環境コンサルタントに、Aさんとあったという話をすると、「あ、Aさんね。すごく有名な方ですよ。環境問題のついて非常に詳しい。でも 彼は、批判はするが、問題を解決しない人。環境教育のプログラムがついた埋立処分場建設計画があったのだが、それをつぶしてしまった。人物はいい人です が」と、教えてくださった。なかなか人の評価は難しい。これ以上の評価となると、私自身がそのつぶれた埋立処分場の事案を取材し、計画書を精査して、妥当 性を専門的に判断するほかないが、それはそれで大変な作業となるし、追加の勉強が必要になる。 いずれにせよ、腐敗し閉鎖的な司法の場で、先行きのみえない公害裁判を続けることは、大変であろう。科学的データも、観測機構の不備で、乏しいという。 論理をサポートする関連研究も少ない。むろんMinistério Públicoという公権力としての行為であるから、日本の水俣病被害者(権力がない)による裁判とは異なる面もある。他方で、原告と弁護 士個人で裁判闘 争している例もあるわけで、日本の事情との比較考察の必要がある。 (4)その他 なおパラナ連邦大学でのわたしの受け入れ担当教員からは、Mario Fuksという、公害訴訟の社会学的研究をしている社会学者を紹介してくださった(UFPRからUFMGへ異動)。さっそくEメールで連絡がとれた。公害 だけでなく、『誰がパラナ州を支配しているのか』という政治社会学的な著書(共著)もある。さっそく買い求めたが、おもしろい本である。 |