煙草をなくし、安全に暮らせる社会を創ろう(表紙に戻る)

2005年7月31日
アスベスト禍

本日より日経一面で連載が始まりました。副題が「不作為のとがめ」です。行政の毎度のことです。身内の規制や不使用は支持しても国民全体のことを考えていない証拠みたいなものですね。
見出しには「縦割り行政 司令塔欠く」とありますが、省益と縄張りですね。他の省庁の権益にはクチバシを入れないが自分のところへも入れさせないというものかな。だから、音頭取りができない。
帝国陸軍と帝国海軍の関係もこうかな。例えば、日露戦争で海軍が203高地攻略を提案するも「海軍のいうことは聞けない」とかで無視し、その後、小規模攻撃を加えてロシアに重要性を気づかせ、要塞化させた乃木軍などもこの典型例かな。新兵が乃木軍配属になると暗くなったという話です。
それと、薬害エイズなどと同様に直接は関係なしと思っていたのでは。さらに30年から40年して発症ですね。怖さが実感できなかったなど重なったのでは。1970年頃より後は人災ですね。それ以前も人災の可能性はあります。1960年前より危険性の指摘がありましたので。
帝国陸海軍の人命軽視の伝統が各省庁に引き継がれてきているということかな。水俣も神通川も阿賀野川などの公害は住民が一方的に被害を受けました。周辺住民への対応を早急に取るべきです。労災認定の時効を遡って延長する必要がありますね。

2005年7月30日
教員の採用増の要因について

今後団塊の世代の退職で教員の採用が増加するような報道が多いように感じていました。昨日の日経の社会面に文部科学省が「平成16年度学校教員統計調査中間報告」を発表したいうのがあったので文部科学省の該当のHPで報告を見ました。
詳しく読んでいないので「見ました」にします。小中高校の教員の年齢構成ですが、どの校種も40歳代が一番多いですね。そして、中高校では40歳から45歳が最も多いです。ただ、大都市圏は地方からの人口流入で第一次ベビーブーム後の学級減はなかったか、少なかったはずです。場合によると学級増の場合もありましたので、東京都や大阪府などは団塊の世代の教員の割合は高いと思います。ですから、地方から「引き抜き」をしているところもありますね。
それ以外は民間企業と違って、団塊の世代の時期は、学齢人口の減少期に当たっていたはずです。第1次ベビーブームが過ぎ去った後のね。そして、ここしばらく教員の採用が少なかったのは、第2次ベビーブームのあとの減少によるものですね。そして、40歳以下が少なく若いほど少ないという歪な状況になっていますね。
数年前に小学校の児童数の減少がほぼおわり、小学校教員の採用数が回復してきました。3年遅れで中学校が、その3年遅れで高校での採用数が増加するはずですね。たまたま、大都市圏では両方が重なったのです。この増加と民間企業の団塊の世代の退職と大都市圏の状況とをなんら関連もなく結びつけたことのように思われました。
ここにも、教育の問題点が出ていますね。必要な資料を集めない。誰かからの伝聞を簡単に信じる。などです。これは、勉強を「暗記」で良いと思いこんでいるのも原因の一つだと思います。知識、情報の有機的な統合ができないのですね。
いろいろ巷ではいわれているようですが、一度文部科学省のHPで、報道発表一覧や各種統計情報などと厚生労働省の人口動態などと併せて見てみてください。

2005年7月29日
JR東海道・山陽で導入予定の次世代新幹線は全席禁煙

これはyahooのニュースで見つけた読売新聞の見出しです。
よく読むと座席はすべて禁煙になりますが、個室形式の喫煙室を設けるそうです。その理由を読んでいると、JR東海の社長は喫煙者かなと思ってしまいます。禁煙化の流れをどのように理解しているのかな。
航空機では長距離の国際線でも禁煙になっていますね。日本航空会社は全面禁煙ですね。世界的にも欧米の航空会社などは早かったですね。
まあ、このような対応は、健康とスポーツを学ぶためのスポーツ大学’敷地内全面禁煙大学)に入学しながら、敷地の外まで出て喫煙するという訳のわからない学生と同じようなものかな。
未だに多くの体育学部が禁煙化で苦労しているようですね。これは、それらの学生を小中高校で指導してきた指導者の多くが喫煙者であるということから来ているのでは。
公共交通機関は全面禁煙であるべきですが、本来、病院や学校の方が先に全面禁煙になっていなければならないと思います。学校の敷地内禁煙でないところは敷地内全面禁煙を早急に実施するべきであると考えます。

2005年7月28日
大学淘汰の時代

本日の日経経済教室は「大学淘汰」についてでした。アメリカのハーバード大学は運用基金を持っているそうですね。年間の運用収益は学生一人あたり約500万円だとか。凄いですね。
週刊経済誌(東洋経済)に出ていた数年前の大学の収支データをみると、国立大学では学部学生一人あたりの消費支出の額は大学によって5倍ぐらいの差がありますね。中には、100万円を下回っていたところもあったように思います。それで、教官一人あたりの学生数は私学より相当少ないですね。人件費のみに消えているのかなという感じです。多いところでも院生などを考えるとそれほどでもなくなる可能性はありますが、差は大きいようです。
ハーバードの額をどこも下回っていたように思います。日本の私学は、親の学費負担で持っているわけですね。それも限界に近くなってきている。そこに18歳人口の減少ですね。現実にフリーパスみたいな大学、短大、専門学校もあります。定員割れですね。
大学が生き残る道はというと、学生の要望、親の要望、社会の要望などにどのように応えていくかですね。それが生き残る道ですけど難しいようです。
親の要望の中に「就職」というのがありますね。就職率で見るのか、就職先で見るのかで大学の評価が変わってくると思います。この点では、私学の方が進んでいるようですね。国公立大学で就職先の良いのは・・・などの大学ですね。卒業生に対する就職者・進学者の割合は国立大学の方が良いかなと思ったりします。これは理工系で大学院進学率が高いため。
ある旬刊誌である企業(人事担当者)が国公立大学に対して厳しい評価を下していました。私学はピンからキリまであるという前提ですね。一つの大学の中の学生についてもね。
カリキュラムや名称を変更するだけでは学生が集まらなくなってきているようです。中身を実際に変える必要が出てくるのですがその抵抗勢力は「教官」というようなことが書かれていました。そこを乗り越えて改革をできた大学が生き残るのでしょうね。
ヨーロッパは、大抵国立だそうです。アメリカでの学生増の大部分は「州立大学」でまかなったと書いてありました。日本は、親の学費負担の私学で主で国公立も授業料等を値上げして私学に近い学費負担になってきています。
日本の総人口の方も男は減少に転じましたね。淘汰されるところが増えてくると思います。
公立の小中高校は統廃合が待ちかまえているのではと思います。

2005年7月27日
過去の克服 日本に願う

この見出しは本日の日経国際面の「平和と繁栄への教訓 戦後60年」の記事です。
この言葉を語られたのは「ドイツ元大統領のワイツゼッカー氏です。過去に氏の言葉は「荒野の40年」という演説からも取らせていただいてこの「諸々の言いたいこと」でも書かせていただいてます。
「ドイツは隣国と多大な犠牲を生んだ第二次世界大戦の記憶と結果を一緒に思い起こさねばならなくなり、それが可能になった。」というようなことをいわれています。そして、EU(欧州連合)が広がった結果、ドイツと隣国は互いに不安も驚異もなくなったとも。
このようなドイツの状況から見ると日本はどうでしょうか。歴史の認識で「不協和音」が響き続けていますね。元大統領は日本の過去の問題について関係国はともに乗り越えようとする熱意があると確信するといわれていますが、私は日本の一部勢力は全くその気がないように思います。「アジアの諸国の中の一部勢力もそうかもしれませんが、普通の人々は日本との関係が良好である方が良いと思っている」と思います。
この普通の人々の感情を逆撫でするような行為を平気でしている人々がそれに全く気がついていない(あるいはふりをしている)感じがするところが怖いのです。帝国陸軍は周りの情勢から隔離された独善的価値観でもって戦争に突入して日本を潰しましたね。そのときの陸軍上層部と同じような感覚なのかしれません。これでは、真の意味での「過去の克服」はできないと思います。
「過去に対して目を閉ざす者は未来に対しても目を閉ざしている」というような意味のことを元大統領は「荒野の40年」でいわれています。日本の現状はこの言葉のようになっていっていると思います。真の意味で「過去の克服」をしてほしいですね。

2005年7月26日
靖国参拝訴訟で原告控訴棄却 大阪高裁、憲法判断示さず

この見出しは朝日新聞のHPよりです。本日、NHKニュースを聞いていて高裁の判断があったことを知りました。朝日新聞とNHK、また、やってますね。
政権のと絡みの事案への憲法判断を避けるということがまた、出てきましたね。違憲判断なら「左遷」とかがあるのでは。「合憲」判断は良心が許さない。その狭間の選択かな。
でもね、日本での国家の絡んだ宗教関係は時の政権主導ですよ。織田信長が比叡山の焼き討ちと石山本願寺との戦いで宗教側を屈服させてからは、日本では宗教が政治を左右させたことはないですね。
明治維新でも維新政府が廃仏毀釈とかをしているわけですよ。そして、日露戦争で「靖国神社」の重要性が一気に高まったと思います。原因は乃木軍です。作戦のミスでたくさん死んでますからね。
そのあたりのことを考えると首相が靖国神社を参拝するということは、戦争の肯定と受け取られても仕方がないと思います。不戦の気持ちとか口で言っても歴史の重みには負けますよ。
帝国陸軍は、なにか状況が悪くなると「軍神」を造ってきていました。そのあたりからも考えてみてほしいですね。

2005年7月25日
公共事業の効果

本日の日経の一面のコラム「春秋」を読んでいて思ったことです。
アンコールワットなどの多くの仏教遺跡を造ったクメール人の話がでていました。クメール人は高度な土木技術で灌漑などを行い農業を発展させて王様は大規模な普請(公共事業)をさせ、それが国力を衰えさせ国を滅ぼしたのではというのです。
中国の「明」の滅亡の遠因は秀吉の朝鮮出兵だそうです。こちらは公共事業ではないですが、朝鮮を助けるために出兵して「財政赤字」になっていったとか。豊臣政権もですね。徳川に取って代わられましたね。江戸幕府の大名の弱体化策は「公共事業」だったですね。
今の日本を見ていると景気浮揚効果のなくなった「公共事業」にしがみついて「財政赤字」ばかり巨額になっていますね。規制緩和で民間活力を使うという発想はないようですね。郵便貯金や簡易保険の資金の流れもあって、税金で都合のつかない部分に「財政投融資」という形で公共事業をしてきました。そして、金切れ(税収不足)状態になって公共事業の減少が地方経済を直撃していますね。
公共事業に頼りすぎたツケです。あの戦争の時の戦時国債はインフレで価値が激減しましたね。それが、今の国債でも起こる恐れがないとは言えません。結局、「国」とかの全体を見ずに各団体や省庁の利益を優先させて来たツケが出てきそうな気がします。

2005年7月24日
石綿被害に無謬(むびゅう)神話のかげ

これは本日の日経視点面の中外時評の見出しです。クボタの発表がきっかけになって認識が深まったのがこの「石綿被害」ですね。被害の発生過程で国の責任が大きいのは歴然としていますが、国会で行政に決定的責任があったと断言したのが西博義厚生労働副大臣だったそうです。それを否定したのが厚生労働事務次官です。副大臣の部下のはずです。さらに判っていない尾辻厚生労働大臣(罷免してほしい。坂口議員か菅議員にもう一度大臣を)が副大臣の足を引っ張っている。この2人の関係は薬害エイズの時のあの製薬会社と官僚の関係みたいなものですね。海外での規制は始まったときの国内の様子は薬害エイズと同じということはサリドマイド過やヒ素ミルク事件などと同じ失敗を繰り返していることになります。
失敗を認めて反省する必要のある最大のものはやはり戦争でしょう。明治維新の元勲や当時の国民が守り作り上げた国を潰していった戦争。発端は日露戦争での大失敗作戦の指揮官と参謀長を不問のまま出世させたことでしょう。指揮官の方は神になっています。
もうあとは「ごまかし」の歴史というかそれに近い感じです。そして、近隣の諸国民や国民に多大な被害を与え、天皇陛下に死を覚悟までさせた戦争。その為政者側の反省が口先だけで実態がないのでが日本なのです。ですから、官僚もこの手の体質に染まっているのは仕方がないことかもしれませんがそれでは困ります。
失敗の責任は認めてもらい(過去の元官僚の処罰は求められないでしょう。)、同じタイプの失敗を繰り返さないための方策を事項してほしいです。日本を再び潰さないためにも。

無謬 判断や決定に誤りのないこと  官僚の決定事項には誤りが結構含まれます。

2005年7月23日
戦争体験

例年8月の敗戦記念日(終戦記念日というのはごまかしと思っています。)が近づくと戦争体験を風化させない取り組みが紹介されています。あの神戸の震災の体験も風化させないように努力していますね。
あの戦争は、日本が仕掛けて起こしたものですね。それでも、「戦争被害」について風化させない努力がなされているわけです。一部の勢力は「風化」させたがっているのではというように感じています。
戦争を起こした方でも風化させまいとしている(非常によいことです。)のだから、やられた方が忘れる訳はないと思います。韓国では8月15日は「光復節」でしたかな。日本の支配から解放された日として記念式典が行われていますね。
中国もいくつかの記念日がありますし、日本帝国陸軍などが中国でしたことについての博物館が「抗日戦争記念館」」ですね。中国に軍隊を送ったからできた博物館ですね。この反日的という施設を中国に造らせたのは日本軍ですよ。
このあたりのことでも、日本人は原因と結果の取り違えをしています。
大日本帝国憲法を改定せざるおえないようにした責任は日本にあると思います。あの戦争をしていなければ、今でもこの大日本帝国憲法だったと思います。自分で潰しておいて「押しつけられた」というのはどこの誰なのか。また、日本を潰す気なのか。今度は天皇制が廃止されるかもしれないですね。ですから、そのようなことにならないためにも「歴史に学ぶ」、「歴史を鏡とする」ことができる政治家が多数を占めてほしいです。
戦争体験を風化させないようにしましょう。

2005年7月22日
再び、爆弾テロ

ロンドンで起こってしまいましたね。2週間前のと共通点もありますが、相違点も多いようですね。今後の捜査によって関連が解明されるかも。
軍事面などをのぞいて、文化的には欧米型の契約社会が世界的には一番優勢ですね。欧米では、イギリスの国教会設立に始まり、宗教改革などで政治権力と宗教の分離が行われて来たと思います。日本では、織田信長がこれに相当することをしてくれたようです。徳川幕府の寺請け制度は完全に政治による宗教の利用ですね。織田信長以来、日本では政治の方が宗教を利用してきていた、そして、利用していると思います。
イスラム社会は、以前からの価値観と欧米型の価値観の対立に晒されているわけですね。極端な例がアフガニスタンの原理主義だったかな。女性の立場についてもそれが見られます。その過渡期の現象かもしれませんね。ただ、いつまで続くかは判りません。

2005年7月21日
アスベスト禍

1970年などに規制をしていなかった咎めが出てきていますね。今日が造船業界でも犠牲者数がでていました。付近の住民や家族の調査はまだのようです。
本日のニュースによると政府の関係省庁連絡会を開いたようですね。官房長官が記者会見で過去の対策などについて再検討・再検証する必要があるといっていました。
ここで、問題になるのが各省庁の対応ですね。今の官僚には責任はないことなのですが、責任逃れをしようとすると思います。当時の官僚個人の責任を責任追及より、どうして健康被害を過小評価したかということですね。海外のデータを無視したり、薬害エイズのときと同じ手口の言い訳を使って被害を拡大してしまったのか、そのときの官僚や業界の体質ですね。そして、現在はどうなのか。そのあたりが手抜きされそうで心配です。
政府の委員の選び方は、官僚にとって都合のより答申を出してくれそうな人をよく選んでいますからね。
自由民主党や官僚は「歴史を鏡」にするのが不得意なようなので。

2005年7月20日
残留孤児、消されていた戸籍

本日のNHKクローズアップ現代の特集でした。
残留孤児の戸籍が消されていった過程を報じていたのですが、そこには日本政府の「棄民政策」という感じがしました。国交のない中国に住んでいて「検閲」があるかもという状態で送ってきた手紙の内容を政府にとって都合の良いように解釈していったとしか思えないのです。当時の中国で「日本に帰りたい」とはっきり書くのはできなかったのでしょう。そのようなことを思いやる態度のかけらもなかったようですね。
これは、沖縄戦で日本軍が沖縄県民を殺したり、玉砕させたりしたのと同様では。戦争を消し去りたいという思いだけが先行したのでは。
「歴史に学ぶ」という態度ではないですね。ですから、同じような失敗を繰り返すのでは。「棄民政策」としては、南米移住もそのような感じを持っています。特に後の方で移住された方は非常に苦難の道を歩まれたようです。
日中戦争頃の中国東北部での開拓団やそれ以前のカリマンタン島などでの「カラユキさん」(これと逆となるのが現在のアジアからの売春目的でつれてこられた女性)もですね。
女性史研究家の山崎朋子氏の「サンダカン八番娼館―底辺女性史序章」シリーズを読んでみてください。

2005年7月19日
情報の信憑性

今日のNHKクローズアップ現代で「がんにきく」とかいうことで売られている健康食品や治療法についての特集がありました。
治療法の方ですが、これはある医師の研究データをもとにしているはずなのですが、この方法で亡くなられた患者さんの損害賠償請求訴訟で第一審は医師側敗訴、研究データの科学性は認めがたいというものでした。
がんの抑制の程度にCTを使わずに腫瘍マーカの量で量っているのですが、私は腫瘍マーカは出ませんでしたが立派な「がん」でした。腫瘍マーカは参考程度が普通だそうです。この医師の程度の程が怖いです。
アガリスクなどの件でしたが、本などに出ているほど直るのなら、医薬として承認されていても不思議はないのですが。医薬として承認されるためには二重盲検などが必要になるのでがなされていないですね。それから、本の監修者の経歴の「医学博士」、医師でなくても研究が認められれば貰えます。医学も幅広いですし。この場合は「海外」の大学だったそうです。
まあ、問題になるのが「教育」かな。医師の例ではどのような教育を受けてきたのかな。日本の医学教育の問題です。後者は庶民の受け手きた普通教育にも問題があると思います。「覚える」というのが勉強という感じですね。自分でいろいろなデータを集めて考えてみるということをさせていないということです。だれかからの伝聞、なにかの本などに書かれたとかいうことだけで簡単に信用してしまういうことです。総合的に物事を判断するという訓練がなされていないですね。大学でも卒業論文なしで卒業できるところがあったりします。
情報は各自がその価値を判断する必要があるのですが、それの練習がなされていない。

2005年7月18日
日本語と外国語

小学校での英語教育について、日本生化学会の邦文雑誌「生化学」でこんなことが書かれていました。
生化学研究では英語力は非常に大事である。でも、役に立っているのは「受験英語」、文法などをしっかり学習したおかげで会話力では力不足である。それより、日本語での論理的思考や読解力の基礎の方が大事では。日本語ができなければ、生化学はもちろん、物理も数学もできないとね。
今、日本語での読解力、論理的思考、表現力を十分に身につけている大学生が少なくなってきているから企業は争奪戦を繰り広げているのかも。いくつもの企業から内定をもらう学生とそうでない学生の差が広がりつつあるようですね。
英語、英語という前に「日本語」の力をつけさせる方策を考えた方が良いかもしれませんね。日本語と英語のどちらでも思考できるのは何歳ぐらいまでに両方とも完全に身につける必要があるのでしょうか。これが、小学校入学前ぐらいまでなら、「日本語」教育を見直して日本語力の向上を優先する必要があると思います。

2005年7月17日
日本の進路を曲げたのは

今日の日経視点面「内外時評」の見出しです。中身は、日露戦争か、関東大震災かどちらが大きな要因かということです。
私はどちらもと思うのですが、日露戦争の戦中戦後の対応から考えるのが自然と思うのですが。
「都合の悪いことを隠す、あるいはなかったことにする。」というものですね。
明治維新の元勲らは世界や日本の足らない点などが判っていたようです。
第一次世界大戦後に一時軍縮が行われますね。そのあたりで関東大震災が起こりますが、陸軍のある将校の行動を庇護してます。これは、日露戦争の旅順攻撃軍の指揮官や参謀を左遷しなかったのと同根のように思うのです。
203高地攻撃で突撃が賞賛されていますが、そのような状況に追い込んだ作戦ミスの責任については聞いたことがないですね。
「失敗は成功の母」でしたか、このようなことをせず、失敗の上塗りをしてきたため突撃を賞賛し続け、特攻にまで突き進んでいったのでは。
日露戦争では、日清戦争の賠償金などもつぎ込んで当時の世界最先端の兵器を揃えています。兵器で勝ったということにすると旅順攻撃軍の失態が浮き彫りにされるので隠した。それが精神論でのみといって良い帝国陸軍や帝国海軍になっていったのでしょう。
「歴史を鏡」にできなかった悲劇です。この体質、今も変わっていません。怖いです。

2005年7月17日
取調べの可視化(録画・録音)シンポジウム
取調室の闇に可視化で光を −密室で何が起きているか−

夕方のNHKニュースを見ていたら、このシンポジウムについての報道がありました。この題名は、日本弁護士連合会のHPよりです。
日本では「冤罪」が絶えませんね。これにはいろいろ理由があると思うのですが、警察官の業績評価システムに大きな問題があるのかも。「防犯」は、なかなか評価してもらえないようです。ひょっとしたら、殺人犯を短時間で逮捕すれば高評価なのかも。裁判で負けようが関係ないシステムになっているからか。
時間がかかっても地道に「防犯」や「真犯人逮捕」をしている警察官に高い評価を与えましょう。そうでないと、どこかの県警みたいに調書の偽造や別のところではあまり手柄にならないと思われる被害届が放置されたりとか問題も冤罪と裏表の関係にあると思います。
官僚などが文部科学省のゆとり教育などと同様に現場を本当の意味で理解していないことに大きな原因があるのでは。そこから来る人権意識の欠如も問題ですね。刑務所の革手錠の乱用というのが何年か前にありましたね。今、刑務所は「満員」ですね。それに対処しない財務省や法務省。過密が招いた事件だったかも。

2005年7月15日
梅雨明け間近

南九州の梅雨が明けたようですね。関東にかけてももうすぐのようですね。今年の梅雨、一時行方不明になってましたね。そして、立ち消えみたいな感じで梅雨明け。でも、豪雨が凄かった。
これは、「温暖化」の影響? どうなのでしょう。アメリカの大平原では乾燥懸念が出ているようですね。あちらは、熱波になると凄いようですから。大平原での穀物の収穫量が減少すると日本に大きな影響がでます。
なにせ、「No政(農政)」のおかげで自給率が極端に低いですからね。あのイタリアでも70%以上ありますからね。ドイツやイギリスも100%付近です。フランスは農産物の輸出国。主要国で日本だけが大輸入国。アメリカで不作になれば、大きな影響を受けるのは主要国で日本だけ。イラク開戦の時、ドイツが反対できたのもこのことが関係しているかな。
毎年、同じように雨が降るとは限りませんけど、温暖化はその格差をさらに広げる可能性を持っています。
やはり、自給率を上げるようにするためには、農地規制などを緩和して大規模化を進める必要があると思います。農地の貸し借りでは、今は昔と違って小作(実際に農業をしている)の方が大規模になって地主の方が小規模の場合が多いのでは。昔の感覚のままでは困ります。

2005年7月14日
「石綿」死者 2000年以降に急増

日本経済新聞によりますと、最近特に話題となっている「石綿」による中皮腫での死者が2000年以降に急増しているとのことです。
石綿については国際労働機関が中皮腫との関連を指摘したのは1970年代初めで、世界保健機関が発ガン性物質と断定したのが1980年です。でも日本は対策が遅れて毒死の強い青石綿と茶石綿の使用の禁止は1995年です。
石綿が原因の中皮腫は多くが30年ほど経過してから発病するとのことです。するとまだまだ増え続けると言うことですね。
建材としての「石綿」の使用は、当時他の建材にすると強度が下がるとかいってそのまま継続しようになっています。これは、薬害エイズ事件のときの非加熱製剤に対する中傷と同じ構図では。在庫処分、害に対する認識の甘さなどです。人命軽視といわれても仕方ないと思います。
発病までの期間が30年ほどいうことが認識の甘さに繋がってきたのでは。タバコも同じですね。いろいろ急性の害もあるのですがニコチンで誤魔化され、慢性の害の方は長期間ののち症状として現れるというところが似ていますね。
タバコ対策の遅れと石綿対策の遅れも同じ構造的な問題を含んでいると思います。急性での害が大きくない場合、慢性で甚大な被害が想定されても対策を立てないというところです。
このようなことも「歴史を鏡とする」意識が高ければ早い段階で対策を立てていたであろうと思います。

2005年7月13日
冷房と暖房

冷房病というのはよく聞きますが、暖房病は聞きませんね。どうしてでしょうか。私なりの考えを少しばかり書いてみます。
冷房は、皮膚温を下げるという話を聞いたことがあります。実際そうでしょうね。体温を低下させる方法は皮膚からの放熱ですものね。夏場、普通は汗をかき、それが蒸発するときに体から熱を奪うことで体温を調節しています。冷房では、この機能が働かなくても放熱しているようですね。それがいろいろ問題を引き起こしているのかな。汗腺も使ってこそ、汗をかけるのです。最近、熱中症が多いのは汗腺の働きが低下しているのが原因の一つかもしれませんね。原因は冷房。
暖房の方は、暑ければ服を脱ぐなりして皮膚温は暖房のあるなしにかかわらず一定になるように調節している人が多いそうです。冷房はこのタイプの調節が難しいようですね。
ただ、どちらにしても服の調節だけで自然の中での生活に近いようにできれば良いかなと思います。
人間の持っている体温調節能力を有効に使って余計な負担をかけないようにしたいですね。冷房は控えめにね。暖房もね。省エネ生活になりますね。

2005年7月12日
教師の質

本日の日経一面の連載は「どうする義務教育  中」でした。
見出しに「迫る『教師全入』」と「人材足りず、争奪戦」とがありました。
まず、若手の質についてですが「他の教師と連携ができず独りよがり、子どもの気持ちがつかめない若手」が増えたそうです。どうしてでしょうね。教員養成の仕組みについて考えてみる必要があるといわれてますね。
でもね、日本の「教員養成」は以前から質は低かったように思います。明治初期の促成養成や旧制中学校程度の師範学校など、でも、当時は社会の教育力が高かったから、良い教師が多かったようですね。
今は、社会の教育力が落ちてますね。そこに、戦前の制度を引きずったままの日本の大学、学部の格差、そして、特に教育学部はどうも経費的にも冷遇されてきていたようです。京都大学理学部教授の方が若手の時、ある教育大学におられたのですが、そのときの研究環境を「劣悪」と評価されていました。これは、この方のHPで読みました。
国立大学の格差、学部の格差の影響をまともに受けていると思います。公立大学は設立母体の自治体の財政力の影響を受けています。
でも、教育の目的は何なのでしょう。そこを間違っている教師が多いですね。本心は単に「暗記」ができれば良いと思っているのがね。よりよい人間になるためなのですが、「よりよい人間」とはどのようなことでしょう。(禅問答が続きそうです。)
そして、「義務教育」の意味も。「義務教育」を課せられているのは、国や地方公共団体、親です。子どもにあるのは「教育を受ける権利」です。

2005年7月11日
郵政民営化法案

参議院での審議が始まりますね。
まあ、思い出したのが司馬遼太郎氏の「雑談 昭和への道」で話されていたことのなかに「清貧にして三代」という言葉がありました。中国の過去の官僚についてです。科挙の試験に合格して任官したら、賄賂等で財産が築けるというのですね。潔癖でも3代ぐらいはそれで暮らせるというのです。
今の中国でもその名残があって共産党政権が苦労しているようですね。「賄賂撲滅」で。
日本でも、これとはタイプは違いますけど「利権」へのしがらみは強いようですね。公共事業等の中には資金源として「郵便貯金」や簡易保険」の資金が流れていますね。そこを断ち切られると困るから「民営化反対」なのかな。
ヤマト運輸の宅配便などが伸びてきたから、郵便も「サービス」に目覚めたようなところがあるのでは。
国の関与をなくせるところはなくしましょう。

2005年7月10日
梅雨

今年の6月は「空梅雨」、本当に雨が降りませんでしたね。それが7月になって、「降る、降る」で降り続いていますね。アメダスのデータを見ますと、水不足は解消されるぐらい降っていますが、地域的なバラツキはどうなのでしょうか。
特に「水源」と「消費地」が離れている場合、「消費地」で降っても水不足解消にはなりませんね。
前にも書きましたが、相変わらず「土砂降り」のところが多いですね。これも、「温暖化」の影響かな。日本のあたりは中緯度高圧帯が少し北寄りになるだけで11年前の「猛暑」兼「水飢饉」の状態になるのでは思います。地球儀で見てください。北緯35度付近は結構砂漠が多いですね。
サハラ砂漠も移動しているようです。
それと、アメリカ大陸の「熱波」、凄いみたいですね。日本の場合は周りに「海」がありますのでなんとかなる場合があると思いますが、あちらは「大陸」ですから「砂漠」になりやすいですね。ブッシュ大統領、判っているのかな。気候帯の変動も海面上昇と同等に怖いと思うのですがいかがでしょう。

2005年7月9日
欧米型近代化における契約(政治)と宗教との力関係

契約を重視する欧米型近代化が最初に始まったのはイギリスではないかと思います。ヘンリー8世が離婚などの件でローマ・カトリックからの分離したイギリス国教会を創設してます。この段階で、イギリスでは宗教指導者が政治にクチバシを入れることが実質的にできなくなった。政治の宗教からの独立ですね。
他のヨーロッパ諸国を見ても宗教改革の早い国の方が大抵近代化が早かったのでは。
日本では、織田信長が「比叡山焼き討ち」と「石山本願寺(一向宗)との戦い」でケリがついたようです。江戸時代の「寺請制度」は幕府による宗教の利用ですね。そして、以後、日本では政治権力等による宗教の利用が目につくようになります。
それで、明治維新での近代化がスムーズに進んだのでは。
今のイスラム社会は、この価値観の変動の最中にあると思います。イスラム諸国は「宗教」が「政治」より上位にありますね。そこに欧米型の価値観が流入してきているわけです。価値観の葛藤が生じているわけです。織田信長などの時でも「見せしめ」というのはよくありますが、俗にいうと劣勢な価値観の持ち主の方が過激な行動に出やすいと思います。

2005年7月8日
情報とは、情報処理能力とは。

情報とは何なのでしょう。そして、情報を収集して何が必要とするものかをどのように判断しているのでしょうか。
養老孟司氏の「バカの壁」などによると、情報とはある出来事を記述したもので変化はしないものであるとありました。今日の新聞は、明日読んでも同じですね。記事の内容が正確などうかは別にして、変化はないですね。
読み手の方は一日生き延びて、いろいろ経験しますので少しずつ変わってきます。すると、昨日の新聞から新しい発見をすることもあるわけですが、新聞が変化したのではなく、読み手の判断基準が変わったからだと思います。
情報を有効化するのは、受け手の価値基準による解釈を通してからですね。この作業をしない場合、真に情報が活用されたとは言えないのでは。
情報教育の根幹は、この「価値基準」を育てることにあると思います。ですから、生活のすべて、学校教育のすべてが情報教育であると考えられます。
帝国陸軍の陸軍大学は、この手の情報教育が全く機能していなくて、「暗記」だけだったようですね。都合の悪い情報はなかったことにして、結局墓穴を掘ってしまったわけです。
今の日本でも「情報教育」は授業での「情報」の時間だけでするものだという意識が各所で垣間見られます。
インターネットには、非常に役に立つ情報から暴力、性(悪い意味の方)、嘘、間違い、あるいは詐欺行為のための情報などが氾濫しています。有効に利用するためには利用技術以前の「価値基準の確立」とかいった基礎能力が必要であると思います。
その基礎能力の養成が今、非常に疎かになっているのではと危惧しています。また、人々の間で価値基準の違いが大きくなれば、その両者間で争いが起きやすくなると思います。

2005年7月7日
郵便貯金の問題点

私の考える問題点は、ある程度変更されていますが以前はすべて「大蔵省(財務省の旧名称)資金運用部」が一括運用して「財政投融資」の財源に使われていました。公共事業などの肥大化に使われていたのです。
利子は民間より良かったですね。融資は一応国の保証付きですから「採算性」などほとんど考慮されていなかったのでは。
国の予算で税金で賄いとした部分を補っていたことです。「借金」なのにその意識が全くないように感じられました。
郵便貯金ではないですが、年金融資の「グリーンピア」が「赤字」で潰れましたね。まあ、そのような感じの融資も多かったと思います。
政府の公共事業等に対する感覚を是正するために「郵政民営化」そして金融部門での厳しい採算性を追求させる必要があると思います。「簡易保険」もね。

2005年7月6日
中国残留孤児の国家賠償訴訟

本日、大阪地裁で判決が出ましたね。原告の請求が棄却されました。
この手の裁判では、ことの内容より国の立場が優先されている場合が多いと感じています。
私は、裁判所は時の政府に批判的である方がよいと思っています。ところが日本ではそうではないように感じます。
残留孤児の問題では、政府が国交正常化後も本腰を入れていなかったように思われるのです。
中国国内での毒ガス等の処理などもですね。その他、軍人恩給以外は適当にして時の経過によって忘れ去られることを望んでいるような施策が多いように感じてます。
ひょっとしたら、原爆(来月の今日で広島が60年目ですね。)も風化するのを願っていると疑いたくなります。
だから、戦後処理が遅々として進まなかったのでしょう。
そして、日露戦争以来の伝統である「失敗のごまかし」に汲々としているのでしょう。失敗をごまかして損をするのは日本なのですけどね。
日本が忘れようとするから、韓国や中国が忘れさせないとして軋轢が生じるでしょう。
まじめに過去と向き合ってほしいですね。日本のために。

2005年7月5日
郵政民営化 その2

本日、衆議院本会議で可決されましたね。造反は思ったほど出なかったようですね。
今のご時世では、解散されれば自由民主党の造反議員には逆風となる可能性が大きいですからね。
道路公団などの「談合」が摘発されたりしていますから、「官」に対する目が厳しくなっていますから、そのあたりも影響したのかもしれませんね。
なにせ、景気浮揚効果のない「公共事業(道路だけではなく、干拓や必要なところが後回しの不要な治水工事、空港など)」などで借金大国になってしまっています。その原動力の一つが「郵便貯金」や「簡易保険」などの資金です。
あの戦争中の「戦時国債」の悪夢がよみがえるかもしれない状態だと思うのです。公共事業を厳選させるためには「郵便貯金」などの抜本的改革が必要なのですがどうなることでしょうか。
廃案には失敗しましたが、統制経済が好きな議員が自由民主党にまだいたということですね。

2005年7月4日
郵政民営化

本日、衆議院特別委員会で可決されましたね。
自由民主党内の騒ぎをみていると「国営」に拘っている議員が多くいますね。野党は別にしておきます。
自由民主党は「自由経済」の下で・・・という政党だったような気がするのですが、これらの一連の騒ぎや「族議員」とかを見ていると「社会主義国」というか国営大好きで計画経済大好きの政党のように感じてしまいます。
硬直した財政運営なんて「社会主義国」そのもののような気がします。
真に「自由経済」の政党になってほしいですね。郵政民営化法案、骨抜きの可能性もありますが廃案より成立の方がよいのかも。

2005年7月3日
各種選挙の投票率

3日18時現在、東京都議会議員選挙などが行われていますね。いつものことながら「投票率」が途中経過でも発表されます。
気になるのが、低すぎる場合が多いということです。朝日新聞のHPによると、午後3時の推計投票率が前回を約6%下回っているようですね。30%ほどらしいです。
最終的も多くの有権者が「棄権」するようですね。制度上の不備で一部に投票できない有権者がいるのでが、大多数は「自発的」のようですね。
投票に行かないということは、その選挙結果を「承認」したと思われても仕方がないのでは。候補者がどうのこうのというのなら、落選しそうな候補者に投票するのもよいと思います。
過去に対立候補の得票が増えたことで「姿勢」を変化させた市長もいましたからね。真にやむをえない理由があるときは仕方がないですが、そうでない場合は当選しそうな候補者を当選させたい場合もそうでない場合もどちらも投票に行くべきだと思います。

2005年7月2日
常任理事国入り

日本の常任理事国入りはどうなるのでしょうか。ドイツに対して、フランスやイギリスは支持をしていますね。まあ、イタリアは反対みたいですが、これは第二次世界大戦での敗戦国同士で「ドイツ」だけという感情かな。
ブラジルに対しては、アルゼンチンなど中南米の有力国が・・・です。インドに対してはパキスタンが・・・ですね。両国、最近は関係改善に動いていますが「カシミール」の領有権で揉めています。
中国は、日本の常任理事国入りに「反対」(正面から反対とはいっていないですね。)のようです。韓国も。
ドイツが第二次世界大戦で戦った国から支持を取り付けているのに対して日本はどうして「支持」を取り付けることができないのでしょう。
大きな原因の一つが「歴史」にあると思います。先の大戦などアジアの近隣食との関係で自国というよりは「村社会」にとって都合のよいように解釈してように思われていることでは。
天皇陛下は、先のサイパン島慰霊の旅をされたとき、韓国などの慰霊碑も参られました。「昭和の痛み 心に刻む」という見出しが日本経済新聞であり、陛下のことが書かれていました。
それに対して、小泉首相らは、本当に「昭和の痛み 心に刻」んでいるのか疑問なのです。あの大戦に突入していった状況を心に刻み、同じタイプの失敗を防ごうとしているか。バブル期の土地投機も同じタイプですし、サリドマイド薬害から薬害エイズ事件も同様ですし、鉄製橋梁の談合や有明海干拓なども同じような精神行動から来ていると思います。
「歴史を鏡」とすることができるか、できていないかが周辺諸国の支持率に大きな影響を与えていると思います。「歴史を鏡」とすることは、自国のためです。自国の利益になります。そこを忘れないでほしいですね。

2005年7月1日
雨の降り方

今年の梅雨の雨の降り方は、地域による偏りが大きいですね。万遍なくというより、特定地域での「土砂降り」が多いような気がします。
ようやく、7月になって雨の区域が広がってきましたがどうなることでしょうか。
以前は、台風の時か、年に何回かの大雨の時に出されたような「降水量」がちょくちょく出されるようになったと思うのは私だけでしょうか。
一旦降り出すと降水量が多くなるというのは、大気中の水蒸気が多くなったためかな。要するに「温暖化」の前兆か、それとも単なる気候の変動によるものなのか、どうなのでしょうか。
私は、温暖化で雨量は増加すると思うのですが、降る場所に変化が起こりはしないかと心配なのです。農地は簡単に砂漠化すると思います。この逆は時間がかかると思うのです。そのとき、深刻な食料危機が生じるのではとね。
例えば、アメリカの大平原(穀物の一大生産地)を「熱波」が襲い続けるような事態です。今年はヨーロッパが暑いようですね。確か、昨年は8月にドイツで「雪」が降ったと思います。
まあ、地球の自然のままの気候変動なら仕方がないのですが、人間の活動が大きな要因である可能性があります。暑さというより「水(降水)」が心配です。