煙草をなくし、安全に暮らせる社会を創ろう(表紙に戻る

2003年3月31日
ニュースより思うこと
本日のNHKのニュースで、自爆攻撃のことがありました。それで思い出したのが、日本の特攻隊です。国外からイラクに入った義勇兵は別にして、イラクも当時の日本も国民全員一心というような状態ですね。反対意見が言えない状態です。この前の国民投票でフセインの支持率100%だったですね。全会一致を民主的にしようとしたら200年(不確かです)ほど前のポーランドみたいになるのではないかなと思います。必ず反対派がいるはずです。ところが出てこないというのは日本でいう五人組みみたいなもので監視しながら弾圧しているのでは思います。その政権によって甘い汁を吸っているのは賛成派になりますけど。

2003年3月30日
日本経済新聞より
昨日の連載「今どきの子ども」に書かれていたことです。『「宵っ張り」早寝の子は非行に走らない』と副題がありました。早寝の子は、朝早く起き、朝食をしっかりと食べ、学校での休み時間は友達と外遊びをするなど活動的である。
ところが、夜更かしする子は、朝食を軽く取り、学校の休み時間は教室で漫画を読むとありました。
これは、人間がもともと昼行型の生物であるため、体内時計が正常に作動できるように生活するほうが活動的で頭も良くなることを示していると思われます。多くの人では、大脳は骨格筋からの刺激を受けることにより活性化されます。運動不足になると、大脳が寝ているのと同じような状態になり、勉強などに支障を来します。運動をしすぎると刺激を受け取りすぎ興奮状態に陥ります。そのような場合も大脳の働きは低下します。どちらにしても考えるということができにくくなり、よからぬことのほうを簡単に思いつくことになるのではと思います。
今日は、話がズレたかな。

2003年3月29日
ニュースより思うこと
本日のNHKのニュースで、今月の始めごろ、日本国内の「外国人学校」の大学受験資格について、イギリスなどの評価機関の認定を受けているところだけ認めるというのがありましたね。いろいろなところからの反発等で一旦撤回して再度検討するそうです。文部科学省は、日本の高校に対して修業年限などの形だけで高校卒業などを決めていた為、どの程度の学力が保証されておれば良いかの基準ができていません。これを機会に日本の高校についても「卒業認定」の基準を作ってください。それに達していればどこの高校と同程度学校をでておれば「卒業」と認定し、大学受験などを認めてください。その代わり、学力程度が基準に達していない場合は、日本の高校であろうと大学受験を認めないでください。例えば、今のセンター試験のレベルで50%以上とかに決めてください。センター試験、丸暗記式の勉強ではしんどいですが、理解してから覚えるにすると楽ですよ。今の高校生の理解力、低下しているので理解していないのに錯覚で理解しているように思っているのがたくさんします。だから、得点が伸びないのです。

2003年3月27日
ニュースより思うこと
一昨日、地価が発表されましたね。一部を除いて下落が続いていますね。漸く、土地は利用してこそ価値があるのだということが徐々に浸透してきているようですね。もうしばらくしたら日本の総人口は減少し始めるはずです。政府の少子化対策が不十分な為、少子化が止まりませんね。土地の値段、更に下がりますよ。

2003年3月25日
ニュースより思うこと
イラク攻撃で多数の死傷者が出ていますね。今となっては早く終わることを望みます。ところで、フセイン大統領が国内でいろいろ弾圧などしている時、どうして国連は、アメリカは、ソ連のちロシアは、フランスは、イギリスは、中国は、断固とした態度を取らなかったのでしょうか。国民(例え小数でも)が政権に対して反対意見のいえない国のその政権は地上から消えてほしいと思います。反対意見や武器を使わない運動がマスコミで報道されない場合や嫌がらせや弾圧がある時は、その政権は地上から消えてほしいです。

2003年3月23日
ニュースより思うこと
今日もイラクのことばかりという感じがしました。イラクだけでいいのでしょうか。他にもあるはずです。時間を延長するなら「他の重要と思われること」も報道すべきでは。イラクのことを軽視する訳ではありません。イラクのことみたいな大きいニュースによって皆の関心が取られている間のどさくさに不正なことがおこなわれないようにしなければならないと思います。

2003年3月22日
ニュースより思うこと
一昨日に続き、イラク問題です。戦闘に関する情報がアメリカ、イラク双方から流されていますね。どちらが本当なのでしょうか。ここで、試されているのは我々の情報収集力と解析力、判断力ですね。私は、イラク発表のほうに日本の大本営発表みたいな匂いが感じられます。南部の都市の攻略に関しては従軍記者が入ることができればアメリカの方が正確であると思うことができます。今日のニュースの中でアメリカ軍を解放軍と位置づける群集もでてました。この群集にとってフセイン支持100%の投票は何だったのでしょうか。
情報を得るだけではなく、解析力や判断力をつける教育が必要ですね。日本の今の教育では鍛えられることがない力です。

2003年3月20日
ニュースより思うこと
昨日に続き、イラク問題です。遂に攻撃が始まりましたね。早期の終結を願っています。ところで、それぞれの国での政権の支持率についてです。イラクは100%だそうです。これは、民意を反映していないと思うのが普通ではないでしょうか。国民全員が同じというのは、怖いことです。日本で太平洋戦争の時、兵役拒否を貫いた人々がいます。アメリカで、同時多発テロの時、アフガニスタン攻撃に反対した国会議員がいました。勇気がいったと思うのですが、議会内では許容されていたようです。反対者がいないというようなことがおかしいと思います。

2003年3月19日
ニュースより思うこと
イラク問題ですが、湾岸戦争の時、不思議に思ったのが、「なぜ、他国を侵略するような大統領をそのままにしたのか。」ということです。あのような形で他国を侵略した国をある意味で放置したことが今日の問題に繋がったのかもと思ったりします。一時的にせよクェートを完全に支配下においた訳ですね。セルビアのミノセビッチは裁判中ですね。アメリカの主張する攻撃がいいのか、フランスのいうもうしばらく査察がいいのかは、両方同時にできないから判らないです。

2003年3月18日
日本経済新聞より
昨日の連載「確信なき賃金改革」で副題がというか見出しに、成果主義「万能」の幻想 とありました。
問題点として、成果をどのように評価するのかということですね。例えば、営業の場合、売り上げだけで評価すると、絶対に担当区域の問題が出てきます。楽なところ、しんどいところ、これを正当に考慮しないと社員は、働かなくなるのでは。
「成功者のみに報い、敗者に次の機会を与えない成果主義では全体としてマイナスになる」(東大教授)という問題もある。
結局、評価基準をどのようにするかという問題に行き着くのではと思います。

2003年3月17日
日本経済新聞より
昨日のSunday Nikkeiの中の「エコノ探偵団」は、アメリカのMBA(経営学修士)の課程への留学熱が、再び高まっているということについてです田。
その目的の中に「中国などからの留学生との人脈つくり」というのがありました。中国からアメリカなどへの留学生は、将来、政府の高官や企業の経営者になるエリートだそうです。すると、日本に留学してきている人は、どうなのかな。しっかり勉強しようとしてきているとは思いますが、トップレベルには、日本の大学が評価されていないということになるのでは。卒業や修士の終了したときのレベルが、あいまいだからでないですか。
日本の大学は、世界から取り残されているところが増えてきているのではと、危惧します。教育改革は、大学卒業のレベル、その内容からしてください。世界に通用する内容にね。「覚えるだけ」これ、DVDーROMなどのほうが確実ですよ。人間は、覚えるだけでは、馬鹿になります。

2003年3月16日
日本経済新聞より
本日はSunday Nikkeiの中の内外時評「公立高校に残された役割は  哲学なき東京都の”改革”」を読んでです。
東京都は、今年の高校入試から学区制、学校群を無くし、都内どこでも受験できるようにしました。これは、以前の日比谷高校などの復活も狙いの一つらしいです。特色あるといいながらです。学校群制度を取り入れた時、これで受験戦争の解消できると思っていた節があるとも書いてあります。
受験戦争の問題点は、大学への入学歴が生涯にわたり有効であると思われているかぎり続きますよ。企業が、採用の時、まず何ができるのかで判断しなくては駄目ですね。その次が人間性かな。仕事を遂行する能力があるのか、それが第一では。次に、大学の「卒業認定」のレベルですね。基準をはっきりさせる必要があるのでは。そしてアメリカの有力大学みたいに入学後、鍛えに鍛えてできないものは「躊躇なく留年させる」ことを実行すること。定員より多く入学させ、卒業は定員以下でもいいのではと思います。
これからは、国際的に通用する人材を養成する必要があるので各校種とも卒業のほうを厳格にすれば、受験戦争は解消の方向に向かうのではと思います。官庁や企業内での仕事の評価、今までのままですと受験戦争は無くなりません。

2003年3月15日
日本経済新聞より
本日は連載「大学が変わる 第3部 揺れる入試」の読者からです。東京の大学教授の方の意見が紹介されていました。それによると推薦で入学した学生の追跡調査によると、成績分布がふた山で半数は学習が困難になっていることが分ったそうです。その理由として、推薦組はきちんとした努力で結果を出す経験が備わっていない学生も多く、ついていけないのだろうということです。別の方も、「学力下位高校では、一般入試は無理だから推薦で」で、進学希望者は面接の練習と小論文以外、ほとんど勉強していなかった。入学後やめる推薦組は多いと書かれています。大学が、卒業生のレベルをどのようにするのか決めれば 入学時の学力なども見えてくるのではと思います。今の高校教育の現状では、文部科学省が入学定員割れを認める必要があると思います。高校生の学力が向上してきたらアメリカみたいに出口を狭くでいいのではと思います。

2003年3月13日
日本経済新聞より
連載「多重不安の日本経済」で、今日は「止まらない特損決算」でした。この「特損」、本日のは主に土地や株などについてです。日本の体質なのですかな、損失をちびりちびり小出しにしているから、いつまでも「特損」が続く。これは、都合の悪いことを「小出し」で対応しようとする性格そのものですね。ゴーンさんは、一気にやりました。日本人は、「ゴーンさんはフランス人だから」と見ていた面があると思います。日本人社長が、同じことをすると「村社会」の日本では、どうなるでしょうか。そんなことも、一気の損切りのできない体質に係ってくるのではと思います。

2003年3月12日
古い話ですが
もう五年以上になると思いますが、イギリスで狂牛病騒ぎがあったとき、大陸のほうも大騒ぎになりましたね。年配の方は、イギリスは食料輸入国だと習われたと思います。ところが、現在は、二日前にも書きましたように自給率ほぼ100%だそうです。更に、牛肉の輸出国でもあるとのことです。するとその輸入国は騒ぎますね。多くの日本人は、その騒ぎをどう見たのかな。官僚は、何もしなかった。情報を理解できなかったのかな。いまも続いてますね。
今日は、書くことが思いつかなかったの以前と同じ内容です。すみません。

2003年3月10日
ニュースより思うこと
アメリカのイラク攻撃容認案に対して、フランスが強く反対していますね。イラクに対する関係とかはアメリカとフランスでは違うと思います。ところが、両国でよくにているところ、食料の輸出国である。中東原油への依存度が低い。ドイツも食料自給率は100%に近かったと思います。イタリアが悪くて80〜90%だったと思います。日本、40%割っていますね。イギリス、ほぼ100%だったかな。原油の中東依存度も日本が一番高い。中国は20%ぐらいになったのを10%まで下げたようですよ。主な国を見ると日本だけが貿易が止まれば、即、破滅という感じですね。農業予算をたくさん使いながらこの様ですよ。農産物の輸入制限をしながらこの様ですよ。ここにも日本の問題点があるように思います。

2003年3月8日
本日の日本経済新聞の教育面の「法政大、学校法人初の格付け取得」です。大学が情報を開示したところで、利害関係者がただちにそれを理解し得るとは限らないとあります。そこで、専門知識を有する第三者機関が評価し、その評価結果が利害関係者の判断を助けるという方法が有効であるともあります。個人が全て理解し判断するのは事実上不可能であると思われるので、第三者機関の評価が有効ではないかと思います。問題は、国際的にも通用する第三者機関であることです。お手盛りの機関であれば、意味がありませんからね。
今日の記事の法政大学は、格付投資情報センターです。日本で初めてでもあります。他の大学でもいろいろな格付け機関から評価を受けてほしいですね。多くの格付けを受ければ格付け機関の評価もできるのではと思います。

2003年3月7日
昨日の日本経済新聞の社会面の「大学が変わる 第3部 揺れる入試」で「増える再挑戦者」と副題がありました。その中で、大卒後いったん電機メーカーに就職ののち、医学部を改めて受験した医学部生は、「社会とのかかわりの中で、自分の個性が見えてきた部分がある。」と話されています。
このことで思うのが、今の中高生は、アメリカなどに比べて、アルバイトなどを通した社会とのかかわりが希薄ではないかということです。勉強をよくする生徒も含めてもっと社会と係れるようにする必要があると思います。特に、勉強をしないから禁止としているところですが、逆効果ではと思います。社会とのかかわりの中で自分を見つけるということができないという意味において禁止は、愚の骨頂ですね。

2003年3月6日
本日のNHKのニュースで、日本国内の「外国人学校」の大学受験資格について、イギリスなどの評価機関の認定を受けているところだけ認めるというものでした。当然、日本の高校よりしっかり勉強させている中国や韓国などの学校関係者からの落胆の声が出ていました。
それなら、日本の高校も、イギリスなどの認定機関の認定を受けさせてみてください。どれだけ、認定が受けられるか見物です。一発で認定を受けれるところも多いでしょうが、これで高校?、一応高校も多いですからね。文部科学省は、自国でも判断しなさいよ。脱亜入欧では、日本は成り立たなくなってきてますよ。

2003年3月5日
本日の日本経済新聞1面の連載記事、「デフレが蝕む」第3部資産がけっぷち 2 です。この資産とは「土地」です。昭和の初期まで、農村部では「土地を持っておればという何とかなる。」があったような気がします。これは、農地は米などの生産に使えますね。山も薪やキノコ、家の建築用の木材などの生産の場でしたね。利用していた訳ですよ。ですから、土地があればなんとかなることが多かったのだと思います。ところが、戦後の土地神話は、単に「所有」するだけ。利用を考えなくなりました。特に「バブル期」は酷かった。土地も利用して価値の生まれるものですね。そうこうしているうちに、工業製品や農産物の輸入が増加してきました。これは、「土地の輸入」と同等の意味があるそうです。工場跡地などが売却されるなどして、土地の供給が増えた。バブルの反省も入って土地価格の下落ですね。
ようやく、本来の利用を考えて収益をあげる方向になりましたね。でも、銀行は「まだ、収益還元法の仕方に自信がない」ようですね。相変わらず、「取引き事例法」みたいです。何時になったら審査能力がつくのでしょうか。

2003年3月4日
昨日の日本経済新聞1面のトップ記事、「初の病院格付け会社」がありました。経営内容など5段階で格付けを予定しているそうです。
岩手など5県は県立病院を対象に評価業務を開始予定であるとあります。どちらも診療内容などが何らかの基準で評価され、比較できるようになると、競争による質の向上が期待できると思います。
いままで、病院はとかなんとかいっていたのが、何年か前からの評価機構による評価がはじまるなどしています。
教育でも行われてしかるべきです。
病院も、大学などの学校についても「評価基準」ですね。これがデタラメですと、本来良いところを潰すことになります。欧米を参考にして、日本の悪い部分を取り除ける基準を創ってください。
私も、もう少しで医療ミスにあうところでした。医学的なことがある程度分かるのでおかしいと思って事なきを得ましたが、まともな医者ならやらないようなことでです。医療ミスを無くすためにも良い基準を作り、その基準も常に点検しながら病院の評価をしてください。
学校も、過去の惰性から決別するときが来ていると思います。良いと思ったしていることの多くが?です。卒業時の質を保証できるよなシステムに、さらにその生徒が、学生が卒業後、自分で研究や勉強をして向上できる力を保証できるようなシステムにしてください。

2003年3月2日
今日も昨日の続きです。24日にあるホームページの掲示板で読ませていただいて感じたことです。
>が1つまたは3つある行が管理者、何もないところと>>が相手からの回答、『』内が私の感想です。

>>>評定は何をもとに出すのですか。評価することが前提では。
>認めるか認めないかということが評価の前提ですね。
>何らかの学習に対してテストを行う。採点する。このときの正解は何なのですか。
>採点者の価値観による評価と違いますか。
>ものの見方(価値観)が違えば正解も変わることがありますね。自然科学でもあります。
>特別活動等でも「ある活動」に対しても教師によって評価が違うとか言いますが、
>評定が違うとは言いませんね。芸術関係でも、まず、評価してもらうとかいいますね。
>そののち、どの程度なのかの評定がでるのでは。
確かに「評価」なしで「評定」は難しいと思います。
また、学生から言っても、評価されずに評定で切られた場合、不満が残るでしょう。
「評定」はある時期における評価の積み重ねに過ぎないと考えても良いでしょうか?
その場合、評価基準が多くの人に納得できるものである必要があると理解して良いでしょうか?
義務教育の場合、評価も評定も教師によって変わる場合があります。
(この場合の評定は通知表などを指します。)
それが問題なのですが、何を評価基準に持っていくかは決められていても、結構曖昧だったりします。

『絶対的といわれる基準を創るは難しいですね。でも、多くの人がある程度納得できる基準は作れるはずです。日本は今まで取り組んできていませんから難しい、だから、作らない。すると、相対的になってしまうのです。まだ、貧しかった頃は今の発展途上国と同じです。上昇志向が強かったので競争が激しくよく勉強していたので問題点が出てこなかっただけだと思います。今は、「現状満足派」という感覚の生徒、学生が大多数を占めるようになってきたため、競争原理が働かなくなったのでは思います。』

>>>さらに、追跡調査を行う必要もあります。
>>そうですね。同意権ですし、私の勤務先ではそうしています。
>>(専任の教授陣が委員会形式で行っています。)
>文部科学省から、経営上余分な人員と見られる恐れがありますが、その時は、頑張ってください。
上のように書きましたが、それが妥当かどうかはいつまでも疑問が残ると思います。
でも、がんばっていきたいですね。

>>>大学も卒業生の学力が大学卒にふさわしい者のみ卒業させるべきです。
>>そうですね。今のところ、そのようにしています。
・・・と書きましたが、それも独善的な部分は否めません。

『大学のどの学部学科においても基礎的な部分があるはずですね。その部分は、外部機関の評価の対象になるはずです。大学にまず、先行的にやってほしいのです。大学の次は、高校。その次は、中学校という風になれば思っています。』

2003年3月1日
今日も昨日の続きです。24日にあるホームページの掲示板で読ませていただいて感じたことです。
>のついている行が管理者、何もないところが相手からの回答、『』内が私の感想です。

>会津大学ができた年ですか、外国人教授が「絶対評価的」に評定をつけて25%ほど留年させたそうです。
>そのとき、父兄が騒いで「当時の文部省の指導」で補講等をして多くは進級させたそうですが。
>外国人教授は「できない者を留年させてなぜ悪いのだ」とかなんとか言ったそうです。
>その後、外国人教授の数は減少しているそうですが。

笑えるような笑えないような話ですね。
大学の存在意義そのものを問われている気がします。

『大学だけでなく、日本の教育の存在意義が問われている面があります。どのようなことができる人間を育てるかという視点が抜けているため「できないから落第」させることができないなのではと思います。
学校で一番大事なのは学力(これの定義が難しい)です。集団でのしつけは、本来、地域社会や家庭である程度訓練しておくべきです。そこの点も抜けているため、学校本来の目的が希薄になってしまって、3年とか4年とか居れば卒業になってしまったのでは思います。』


>>でも、たとえば教育系の大学で人柄は大切だと思います。
>>そんな場合、おっしゃる通り絶対評価でもいいかなと思っています。
>>「個性的な試験」と書いたのは、そんな意味です。

『その「個性的な試験」で基準をクリアして合格させた者が卒業時、初期の目標以上になっておればいいわけですね。大学教育の目標を達成できそうな者を選抜するためであれば、「個性的」でよいと思います。
話は変わりますが、センター試験みたいな択一式は、受験基礎資格程度に扱ってほしいですね。京都大学の理学部のようにね。』