福島から新潟に避難された方を中心として活動している
新潟避難ママの会の会員からの意見・要望
  

・放射能が不安で避難しているのに、柏崎刈羽原発が再稼働するのは不安。福島からこ
 れから新潟に避難しようと決意した人が、再稼働の話を聞き躊躇している。

・夫が南相馬から週末に来るが、往復で10時間以上かかるときがある。冬場は雪道が不安で、電車で新潟に来るが、福島県内の電車が原発事故のため寸断されており、電車、バスの乗り継ぎで不便。接続の関係で、2、3分の乗換で失敗したら、新潟に来れず引きかえしたこともある。

・南相馬は医師や看護師が不足して、小児科にかかるのも難しい。医療サービスが低下している。交通、医療サービスが不便になっている。放射能の不安、生活の不便さを考えると帰宅をためらう。

・いわき市では避難者が増え、人口が1割増えた。医療サービスや行政サービスが低下している。避難者の車のいたずら書きなど、様々な嫌がらせが起きている。

・避難者の悩みは十人十色。金銭面、様々な事情でやむにやまれず帰った人もいる。帰ってみたら自宅の目の前が仮処分置き場になっていた人もいた。ブルーシートで覆われているだけなので不安だ。

・側溝や雨どいの汚染がひどい。子どもはそういった所で遊ぶ。四六時中見ることができないので、外で遊ばせるのは不安。屋外で遊ぶのに時間的制限がある。新潟ならどこでも自由に遊べて、子どもがのびのびとできる。

・自主避難者に経済的支援がない。

・家財道具とかを取りに行く人がいるが、放射能で汚染されている場合がある。全国に放射能を拡散させていて不安。

・小高地区に県外からボランティアで来る人がいるが、マスクも着けずに側溝の泥をスコップですくっていた。休憩も地べたに座り食事をしていた。

・地元(南相馬旧原町)の野菜が売られている。お米の作付けもできない所で野菜作りはいいのだろうか。*お米の作付けをしないのは、政府から補償金がでるため。お米をわざわざ作らなくてもお金が入る。南相馬より高い線量でお米をつくっている地域もある。食品の放射能移行については、調査研究段階にあり、正確なことはまだ言えない。

・地元にいる人が放射能について深く考えないようにしている。深く考え出すと生活ができない現実がある。

・夫は仕事で、さらに新潟までの移動でくたくたに疲れる。子どもが寄ってくるので休まるときがないのでは。食事もコンビニ、外食ばかり、健康管理をしてあげれない。夫が帰るとき、子どもが泣きながら止める。

・福島で水道水を飲まない人が多い。ペットボトルを買い込むので、お金もかかるし買い物も大変。

・ガソリンを常に満タンにする習慣がついた。避難のときに道が渋滞してガソリンが無くなった経験をしたので。ガソリンが半分になったら無くなったと思う。余震があると原発がどうなったか、常に気にしている。

・住宅借り上げの補助を2015年度まで延長させることができた。災害議員連盟などに働きかけた成果。

・自主避難者の受け入れ態勢がないから、帰りたくなくても福島に帰る。

・今でも自費で新潟に避難して来る人がいる。甲状腺ガンの検査結果、汚染水の漏洩、2年半が経ち不安が大きくなっている。

・二重生活でお金がかかる。それでも生活水準を下げて新潟に避難する。

・母子避難は母子家庭と変わらないが、母子家庭のような社会保障がない。共働きをすると、税制の関係で不利になる。

・避難している人は、国・福島県の情報を信用してない。

 
 
新潟避難ママの会の会員以外の避難者の意見・要望


 @子ども被災者支援法の充実

 A住宅借り上げ補助を5年、10年と長期に延ばしてほしい

 B子どもたちの健康調査の情報開示と健康調査の徹底

 C高速料金の補助の弾力化

 D経済的支援

 

・借り上げ住宅の補助が2015年度まで。12年では人生の設計ができない。食器を買うにしろ、引っ越すことを考えると最小限にする。家具も買うのにも迷う。人生設計ができないし、人間らしく暮らせない。新潟に住所を移すと住宅補助がなくなる。でも市営住宅は新潟に住所がないと借りれない。

・柏崎刈羽原発が心配。福島から避難している人は、再稼働の動きにがっかり。

・知事を引きずり降ろす動きがある。知事には期待している。

・子どもたちの健康調査は福島県立大学で一括管理されている。新潟大学で検査をしても、検査結果は福島県立大学から来る。情報操作が心配(福島大学の副学長に山下俊一がいるため)。新潟大学で検査をしたら、新潟大学から検査結果を知らせてほしい。検査に保護者も立ち合わせてほしい。

・検査が甲状腺だけで不安。尿検査、血液検査もしてほしい。18歳まで医療費は無料だが、医療ケアはずっとしてほしい。

・高速道路の補助が決められた区間しか認められず不便。仕事の都合など、常に同じインターから乗るわけではない。わざわ指定のインターまで行かなければならないので不便。

・夏休みにようやく検査があった。国の対応が遅い。郡山市から三カ月に一度お便りがあるが、仕事を紹介しますとか、福島に戻そうとする。

・放射能をきちんと調べてくれる所が少ない。

・子どもが3日間連続で鼻血を出して、避難する決意をした。血が固まるまで鼻血が出続けた(2011年の5月の郡山市)。

・原因不明で具合が悪くなる人がいる。郡山では放射能、鼻血の話はタブー。

・どこに助けを求めたらいいのだろうか。相談相手がいない。