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写真:鵜戸神宮の参道界隈、岩屋の中の本殿

日本周遊紀行(156)日南 「鵜戸神宮(2)」



鵜戸神宮は、日本神話に語られる「山幸彦・海幸彦」の物語の舞台となった場所でもある・・、

山幸彦(彦火火出見尊)、兄(海幸彦)から借りた釣り糸を海へ落としてしまい、失くしたの釣り針を探すために海宮(龍宮)へと向かった。 
この時、海神の娘の豊玉姫命と知り合い深い契りを結んだ。 
山幸彦が海宮から帰られた後、身重になっていた豊玉姫命は「天孫の御子を海原で生むことは出来ない」として、この鵜戸の地に参ることになる。 
霊窟に急いで産殿を造っていたが、屋根の鵜の羽や茅も葺き合わぬうちに御子(御祭神)が誕生になった。 
故に、その子の御名を鵜葺屋葺不合命「ウガヤフキアエズノミコト」と申した。 
鵜戸神宮はこの御子を主祭神として祀る社である。


鵜戸神宮の創建は、崇神天皇(すじんてんのう:第10代の天皇、年代不詳)の御代ともいうがはっきりしないようである。 
782年(延暦元年)に天台宗の開僧・光喜坊・快久が神殿を再興したといい、快久は同時に寺院も建立して初代別当となり、勅号「鵜戸山大権現吾平山仁王護国寺」を賜って、神仏両道の道場として栄えたという。 

明治になって廃仏毀釈によって寺院が廃止され、鵜戸神社、更に鵜戸神宮と改称されて現在に至っているが、 神宮はその伝説のためか縁結び、夫婦和合、子授け、安産などの御利益で近隣の人々の信仰を集めてきた。 
古くは日向の国のみならず、大隅、薩摩からも御利益を求める人々が鵜戸への街道を辿ったという。 かつて昭和40年代に宮崎と日南海岸が新婚旅行ブームで賑わった時代が有ったが、それは、新婚夫婦が鵜戸神宮の御利益を願った参拝が主目的であったともいわれる。

小生が鵜戸神宮へ向かったのは、海岸沿いの車のすれ違いがやっと出来る、海岸に面した断崖上の細い道であったが、昔はこんな道はなかったらしい。 
今でも、通常の駐車場は(大型車等・・)鵜戸港より220号の旧道を行ったところの山上にある。 
鵜戸神宮は、日向灘に面した波打ち際に築かれた社なので、従って、参道は日本でも珍しい815段という長い階段を降りて参拝することになる。 
この石段は「八丁坂」といい、よく見ると石段の中央部は弓なりに磨り減って凹んでいる。 それは人々が繰り返し、繰り返し鵜戸山参りした往還の証だともいう。
近年、参道の整備によって、険しい石段を上り下りする苦労は軽減されたが、参道の険しさが一層、鵜戸山参りに人々を駆り立てるともいわれた。 
昔は、花婿に轡(くつわ)をとってシャンシャン馬に乗せ、鵜戸山参りをすることが、新婚夫婦の恒例行事なっていたともいう。

社務所の建つ付近には、土産物屋が軒を並べて参拝者の旅の疲れを癒してくれる。 それにしても鵜戸神宮は太平洋に面し、燦々とふりそそぐ南国の太陽の下にあり、大変明るい神社でもある。


参考までに、御祭神の系譜は(日本書紀系)・・、

日本神話に登場する最初の夫婦神とされる伊邪那岐命(イザナギノミコト)と伊邪那美命(イザナミノミコト)がおられた、そして、その子の一人(神)が天照大御神である。


天照神以降の譜系は・・、


天照大御神(アマテラスオオミカミ:伊勢神宮の主祭神、初代皇祖神) ⇒ 天忍穂耳尊(アメノオシホミミノミコト:英彦山神宮の主祭神・福岡県) ⇒ 彦火瓊瓊杵尊(ヒコホノニニギノミコト:新田神社、霧島神宮の主祭神、天孫降臨、日向初代、可愛山陵) ⇒ 彦火火出見尊(ヒコホホデミ:鹿児島神宮の主祭神、山幸彦、日向二代、妃・豊玉姫命・ トヨタマヒメノミコト ・乙姫:長崎・海神神社の主祭神、高屋山陵) ⇒ 日子波瀲武草葺不合尊(ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト:鵜戸神宮の主祭神、日向三代、妃・玉依姫命・タマヨリヒメノミコト・豊玉姫の妹:玉前神社の主祭神・千葉上総、吾平山陵) ⇒ 神日本磐余彦尊(カムヤマトイワレビコノミコト:宮崎神宮、橿原神宮の主祭神・奈良県、玉依姫命の子、神武天皇、皇祖初代天皇・紀元前660年の紀元節)となる。 

天照大御神から代代辿って、神武天皇までは六代目に当り、神武天皇の父君が、こちらの鵜戸神宮の宮に当たる。

神代の譜系

 
次回は、「青島」


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写真:鬼の洗濯板そして青島と青島神社


日本周遊紀行(157) 宮崎 「青島」



鬼の洗濯板と神話の「青島」・・、

鵜戸神宮より先の海岸国道は、「日南海岸」といって南国の陽光が降り注ぎ、亜熱帯植物が生い茂る日本有数の景勝地である。 
特に、日南海岸の巾着島から戸崎鼻に至る間の海岸にみられる俗称「鬼の洗濯板」といわれる特異な風景は、眼を奪うほどである。 
「洗濯板」とは波打ち際に平坦に広がる岩盤のことで、これらの表面が小さな波を打った様なギザギザになっていて、一見、洗濯板のように見えることからの譬(たとえ)である。 洗濯板と言っても今の若い人には馴染みが無いであろうが、タライなどを用いて衣類の洗濯の時に使うギザギザの“刻み目”のある板のことである。

「鬼の洗濯板」は専門的にいうと「隆起海床と奇形波蝕痕」というらしく、海面部分が波浪侵食を受けて互層の堅さの違いにより侵食され、規則的に凹凸を生じ形成されたもので、干潮時には海岸線から幅約50mから100mにわたって見られるという。

堀切峠付近(日南海岸の展望地)は、フェニックスの葉越しに広がる大海原・日向灘が実に気持ち良く眺められる。峠の下は一面の「鬼の洗濯岩」で、この見事さは意図的に演出したような景観であり、日南海岸のハイライトでもあろう。
日南フェニックスロードの風景を満喫しながら、海岸沿いの堀切峠を越えると「青島」である。


国道の案内板に従って、「青島」への案内通路を抜けると広い白い砂浜に出る。 
その中央の陸橋(弥生橋)を渡して青島が横たわっているが、例によって海面には鬼の洗濯岩が陸橋の左右に広がっている。 
干潮時の凹部には小魚やウニ・ヤドカリ・イソギンチャク・貝など沢山の海中小動物を見つけることが出来、子供達は大賑わいで、大人も童心に返り結構楽しんでいるようである。

中央に「弥生橋」といって、優美な橋が海上より青島え架けられている。 
青島は、周囲1kmほどの小さな島であるが、亜熱帯植生の椰子科の植物・「ビロウ樹」(国指定天然記念物)が5千本ほど自生し、ビロウ樹の密林に入るとトロピカルムード一杯である。 島の中央、ビロウの密林の中に「青島神社」が鎮座していた。

神社は、彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト・山幸彦)、豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)そして、塩筒大神(シオヅツノオオカミ・神話では竜宮で山幸彦を案内、指示したとされる白髭老の神)の三神が祭られており縁結び・安産・航海・交通安全などの御利益があるという。 
神社の境内には、祭神の由緒と日向神話(海幸彦と山幸彦の物語)を蝋人形により判りやすく伝えている「日向神話館」もある。


青島は、トロピカルな自然と同時に、古代ロマンにもしたれる人気のスポットである。 
又、青島ビーチは日本一綺麗な青島海水浴場といわれ、波の静かな海で夏場は多くの海水浴客で賑わうという。小生に言わせれば、湘南地方(相模)の「江ノ島」のミニ版といったところか・・?。
青島は所謂・陸繋島といわれる砂州で陸と繋がった島であり、我が江ノ島も同様なのである。

宮崎の主要観光のコースは、宮崎の駅又は空港から先ず青島に至り、日南海岸、鵜戸神宮を巡るのが一般的であるという。
昭和30年代から40年代にかけて宮崎は空前の新婚旅行ブームであった、その観光の第一ポイントが、ここ青島界隈である。 
当時、日南海岸での新婚旅行を唄った歌にデュークエイセスの「フェニックスハネムーン」というのもあり、新婚旅行ブームをよく物語っている。 

しかし、今現在は当時の面影は無く、町全体が寂れてしまっている感じは否めない。
島へ通じる土産店の多くはシャッターが下りているし、青島海岸の一等地にある橘ホテルは、遠目には白い建物が青空に映えているが、倒産して15年以上も放置され廃墟と化している。 
青島市街にはこのような寂れた風景が、あちこちに窺えるのである。

夕刻迫る中、今夜の泊まり宿、国保保養センタ−・「あおしま太陽閣」へ向かった。

次回は、久しぶりの「マイ・ファミリー」    第20日目へ

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