本日の記録・データ

本日・年月日 平成17年6月3日 延日数 第13日
出発地 阿蘇市外輪山 出発時間 8時40分
到着地 別府・鉄輪温泉 到着時間 16時45分
天 候 体 調 やや不良(腹痛)
走行道路名 県298(阿蘇登山道路)、R212、R57、県11(日田往還道)
R442、R387、R210、R11
主移動地名
阿蘇山⇒一の宮⇒黒川温泉⇒九重高原⇒湯布院⇒別府・鉄輪
現在(宿泊)地 別府・鉄輪温泉「双葉荘」
道の駅・PASA 阿蘇・大観峰  R210水分峠  ゆふいん
温 泉 赤水温泉「外輪山荘」   黒川温泉・「新明館」、
別府・鉄輪温泉・「双葉荘」
名所・旧跡
阿蘇外輪  阿蘇山  阿蘇・草千里  阿蘇・大観峰
黒川温泉  湯布院由布岳  別府温泉

写真集 U

走行関係(km) 燃料関係(L) 金銭関係(現金円) 金銭関係(カード円)
本日表示 4044 今回入油 0 本日支出 699 本日支出 7032
昨日表示 3890 前回累計 283.1 前日累計 43078 前日累計 72185
走行距離 154 今回累計 283.1 本日累計 43777 本日累計 79217
総距離 .  . . . . .

西日本編 13日目:PartT(阿蘇) PartU(阿蘇)へ    日本周遊ブログ  写真集 U 
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八ヶ岳(1966年)
南ア・北岳(1969年)
北ア・槍−穂高(1968年)
谷川岳(1967年)
丹沢山(1969年)
西丹沢・大室山(1969年)
八ヶ岳越年登山(1969年)
西丹沢・檜洞丸(1970年)
丹沢、山迷記(1970年)
上高地・明神(2008年)

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日本周遊紀行(126)阿蘇 「阿蘇のカルデラ」



阿蘇のカルデラ内には、12町村・約7万人の人々が生活しているという・・、

目覚めて窓を開く、朝の冷気が部屋に入り込み思わず深呼吸する。 
しかし、昨夕までほんのりと見えていた「阿蘇五岳」はガスモヤの中であった。 
周囲は晴れ渡っているのが先ずは何よりで、本日は主として阿蘇の連山を目指すからである。

さて、朝湯である・・、こちらは阿蘇温泉の一つである直下の赤水温泉から引湯しているらしい。 
鉄分を多く含んだ泉質が特徴で無色透明単純温泉泉、含石膏苦味硝泉、芒硝泉で神経痛、りウマチ、婦人病、皮膚炎、創傷等に効くと謳い文句にある。 
こざっぱりした浴室で湯船に大窓が設えて有り、湯に浸かりながら外部の展望が存分に出来る。 湯質はサラサラと肌にやさしい。
湯で眠気を洗った後は、冷気を存分に吸いながら宿の回りを少々散策する。 
山荘はその名のとおり阿蘇五岳を望むすばらしいロケーションが自慢らしく、周囲は阿蘇の山々と眼下に長閑な田園風景が広がる。
阿蘇の情報を若干伺って、宿を後にした。


振り返ると後背部より北方に向かっては、朝日に輝いて濃い緑の山並みが畝(うね)っている、阿蘇の外輪山系である。 
昨夜世話になった「NTT外輪山荘」も阿蘇外輪の西部地域に位置し、外輪内側の中腹に位置しているのが判る。 
通ってきた「ミルクロード」と言われる道を更に直進するコースが大草原のコースといわれる道で、今、眺めている山系である。 

ミルクロードと呼ばれる先は、的場原野やかぶと岩展望所、そして大観峰に到る阿蘇外輪山系の山稜コースで、遮るものの無い大展望が味わえる、昔の豊後街道である。そして、道路に沿って所々、大牧場が点在している所謂、ミルクロードと言われる所以である。


この阿蘇の外輪山系を「カルデラ」と称している。

日本では火口に伴う凹地形のうち、直径が2km以上のものをカルデラと定義しているようで、カルデラとは、火山活動で陥没し大きなくぼみのある地形で、語源はポルトガル語の「大鍋」に由来するという。

その成因は一度に大量のマグマ(溶けた岩の事)が出たときに、マグマのあった部分が空洞となり地盤沈下して出来たもので、阿蘇の外輪山・内部がこれにあたるという。
カルデラを取り囲む外輪山も阿蘇火山群に含まれ、東西約18km・南北約25kmに及ぶ世界最大級の大カルデラと言われる。

外輪山麓を含めると阿蘇郡・12町村の内、陥没で出来たカルデラの内側だけで七町村が存在している。(平成大合併の以前) 
その内側には鉄道、道路、田園も在り、約七万人の人々の生活が普通に営まれている。 
「カルデラの中に住んでいる」というのは阿蘇山を知らない人達にとっては驚きかもしれない。
阿蘇山の位置は九州のほぼ真ん中に位置し、人で言えば「臍」に当る。
では、この臍の爆発は何時頃、どの位の規模だったのであろうか・・?


阿蘇山の大爆発は・・?、


阿蘇火山と言われるのが30万年以上前に噴火活動が開始されたとされ、9万年前くらいに大規模な噴火が4回程度あり、この時、地下から大量の火砕流や火山灰を放出したため、現在の巨大な窪地(カルデラ)が形成されたといわれる。 

その中でも4回目の噴火が最も大きく、火砕流は九州中央部を覆い一部は海を越え山口県にまで達し、有明海を越えて島原半島に渡ったともいわれる。
火山灰の噴煙は30km上空まで吹き上がり、さらに西風にのって飛び、日本列島の殆どを覆ってしまい、他に朝鮮半島でも確認されているという。 また火山灰は何と北海道まで運ばれているという、北海道東部には厚さ10cm程の阿蘇カルデラから飛んで来た火山灰が今でも残っているという。

巨大カルデラ噴火による噴出物は、ほぼ富士山の山体全部の大きさか、それ以上に達したとも云われる。 
阿蘇のカルデラが出来た直後の九州全土は荒涼とした荒地が広がり、特に厚く堆積した地域では火砕流台地となって残っている。 
この台地は九州中央部に広く分布し、緩やかに波打つ平原を形作っている。
宮崎県の高千穂や大分県の竹田市などもその中に入るという。 

夏目漱石の著作に『二百十日』という題名の短編作品がある。 あまり知られていないし、本人は失敗作と自笑しているようだが、漱石が二百十日の日に阿蘇に山登りをしての感想であるが、こんなくだりがある・・、
「 それより早く阿蘇へ登って、噴火口から赤い岩が飛び出す所でも、見るさ。―しかし。飛び込んじゃ困るぜ。何だか少し心配だな 」  「 噴火口は実際、猛烈なものだろうな。何でも、沢庵(たくあん)石のようなものが、真赤になって、空の中へ吹き出すそうだぜ。それが三四町四方一面に吹き出すのだから、さかんに違いない 」

漱石は若い頃、旧制の第五高等学校(現在の熊本大学)の教授をしていたことがあり、明治32年9月初め、友人の山川伸次郎と阿蘇山に登った経験をもとに、この短編は書かれたらしい。

阿蘇山の巨大な爆発時は、九州一帯を焼きつくした火山として、今では九州一の観光名所でもあるが、阿蘇山は漱石の時代も現在も時々爆発をおこす活火山であり、昔も今も盛んに蒸気を上げているのである。 

その阿蘇山へ向かう。

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日本周遊紀行(126)阿蘇 「草千里」


写真:阿蘇・草千里草原帯


「草千里」は、阿蘇・烏帽子岳の中腹に広がる湿原地帯・・、

さて、先ずは外輪山の内側へ向かって車は下りてゆく。 
この道は県道23号線で、逆方向は阿蘇の内輪から外輪山系の峠、ミルクロードを横断して外輪の外側の菊池市へ到っている。 
菊池市は上流部の菊池水源とも呼ばれ阿蘇外輪山系の北西にあり、その伏流水が流れる渓谷は鬱蒼として天然性広葉樹で覆われ、すばらしい自然の景観を呈している。
夏の水温は13度と避暑地としても親しまれているようで、全国名水百選「菊池渓谷」として有名である。

大きく曲がりくねった急勾配のロードを下りきったところが阿蘇赤水温泉である。 
阿蘇温泉郷の一つで古くから開けた温泉地であるが、一見普通の小さな町と特に変わらないようである。 昨夜泊まった宿の温泉は、ここから引き湯しているという。

JRの豊肥本線を跨いで国道57へ、更に、阿蘇登山道路の赤水線から阿蘇内輪の主峰へとむかう。 
熊本から阿蘇山へは国道57から、この阿蘇登山道路赤水線を通るのが最短で普通であるが、シーズン週末などは混雑渋滞するらしい。 
沿道にはゴルフ場、牧場など観光客向けの建物がぱらぱらとあり、阿蘇でも最も人気のある観光道路らしい。
ふもとから順々に阿蘇ファームランド、米塚、草千里、火山博物館などなど名所が存在する。「阿蘇ファームランド」とは農場らしくきこえるが、メインの売りは火山温泉といって広い草原状の庭園に露天風呂をはじめ、各種の浴槽が点在するという。


次に大草原の中、内輪主峰へ向ってグングン高度を上げる。 
正面に平原にお椀を伏せたような端正で特徴的な小山が近ずく「米塚」という。 
阿蘇登山道路(赤水線)の脇にある山頂が窪んだ小山で、小さな火口の跡がポッコリへ込んで可愛いらしい。 
標高は954mながら山の麓からは80m程しかなく、思わずチョット登ってみたくなるような、西阿蘇の象徴的な山でもある。
小さいけど阿蘇山の中で最も印象に残る山であろうか。米塚の名前の由来は阿蘇の神が恵まれない人のために、米の塚から一掴み分施したことから来ているという、なんとも微笑ましい名称である。

正面の主阿蘇山系が迫力をもって迫ってくる。 振り返ると外輪山の山並みと鍋底と云われる通りのカルデラがパノラマの様に広がっている。 

この阿蘇登山道路全域は元々有料道路であったが、2000年4月から通行料が無料になったというのも嬉しい。 
正面には火山流の跡が幾筋も残る杵島岳(きしまだけ・1326m)が迫る。向うように登っていくと、T字路で阿蘇登山道路の坊中線に接続する。 阿蘇山から北へ降りて「坊中」へ行く道で、県道111号・ 阿蘇吉田線の一部である。

右折してしばらく行くと阿蘇の人気スポットである、草原と池が大きく広がる「草千里ヶ浜」へ到った。
道路脇に駐車スペースが在り、草千里ヶ原が一望に見渡せる。カーブの先には草千里展望駐車場がある。草千里からは反対方面は、小生が今朝出立した西方向の外輪の眺めが圧巻である。

草千里ヶ浜は阿蘇五岳の一つ、烏帽子の中腹に広がる直径1キロの火口跡で、新緑の草原に大きな池が横たわり、その周りには放牧された牛や馬が草を食べたり水を飲んだりしている。
その奥に烏帽子岳本峰がドッシリと据わって、なかなか素晴らしい景色である。

この見晴らし道路の一角に小さな出店があって、この地区の手工芸、特産品を販売していた。 店番の人はお人好しのようで、商売ソッチノケで観光客に周辺の説明や写真の撮影などを引き受けていた。 然も用意宜しく看板も準備されていて、「草千里・世界一の阿蘇・大阿蘇登山記念・平成17年6月3日」と大業な文字で記されている。
小生も写真撮影を頼んだが喜々として撮ってくれた。 天気もよし、景色も良し、人も良しで気分満開である。


日本一と日本二の長い駅名・・?、・・、

途中、阿蘇登山道路の吉田線が南へ向かって下りている。
この吉田線の下りきったところがその名の吉田地区で豊肥本線の立野駅から南阿蘇鉄道が連絡され、阿蘇山の南麓を走り、吉田地区から高森まで延びている。 

吉田、高森地区は熊本市街を悠然と流れる「白川」の水源地帯(白川水源)で、阿蘇の冷水(夏季)が大量に湧出している地域である。
付近には温泉も有り、湧水、高原と合わせて「南郷谷」と呼ばれている阿蘇の観光名所の一つである。 

尚、立野駅は豊肥本線と南阿蘇鉄道がスイッチバックでつながる珍しい終始駅であり、列車は上りでも下りでも同じ方向から駅へと入ってくという。 

序ながら、南阿蘇鉄道は高森町など沿線自治体が出資する第三セクター方式の鉄道会社であるが、この鉄道には日本一なるものがある。 
鉄道の駅名で日本一短い駅名は、ご存知三重県は「津」であろうが、日本一長い駅名がここ南阿蘇鉄道にある。 この鉄道のほぼ中間に位置する「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」(みなみあそみずのうまれるさとしらみずこうげんえき)がそれである。

おまけに、隣駅は「阿蘇下田城ふれあい温泉駅」(あそしもだじょうふれあいおんせんえき)で、こちらは駅名としては2番目に長いという。

故意に命名したか否かは定かでなが、南阿蘇鉄道は僅か18kmにも満たない極めて短距離鉄道ながら、日本で1位、2位の長い駅名を持つ鉄道だったのである。


写真:日本一長い駅名の駅舎とホームの駅札・「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」




次回は、阿蘇・中岳   PartUへ

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