7月28日(水)
SFCGが債権を二重譲渡。振興銀行が訴訟に負けました。その手の債権が振興銀行に数百億あるとのことです。どうなるんでしょうね。最後は税金で穴埋めとかも考えられます。
債権を二重譲渡したとなると、譲渡した方は民事上の問題どころか横領という刑事事件になります。額が大きいので検察も立件するでしょうね。SFCGはすでに破綻していて破産手続き中。だから、振興銀行がSFCGに契約解除と損害賠償請求や不当利得返還請求しても、ほとんど返ってこないでしょう。
債権の二重譲渡では対抗要件をどちらが先に得たかが勝負となります。どうみても振興銀行に勝ち目がないようです。即日控訴しましたが、おそらく控訴しても結果はかわらないでしょう。まったくムチャクチャな銀行運営をしてくれたものです。
7月25日(日)
この前、長岡の美術館へ行きました。 ユトリロの絵がありますから。運よく学芸員による解説も聞けました。
ユトリロでさらに連休中ということで、どんなに混雑するかと懸念しておりましたが、以外にすいていました。東京なら、大混雑でしょう。
ユトリロの母はスェザンヌ・バラドンといいます。ユトリロはモーリス・ユトリロで姓が違います。じつはユトリロの父は誰か不明。母はちょっと遊び人だったようですね。
親切な人がユトリロを認知した結果、母とは全く姓が異なることになりました。
ユトリロには友人がいましたが、ユトリロが酔いつぶれて自宅に担ぎこんだところ、バラドンはなんと友人が気に入りました。それで、バラドンはなんとその友人と結婚しました。
友人が義理の父になるわけです。それで一緒に住んだというのですから、まあ、ムチャクチャな家ですね。
ユトリロは何が好きかというと、お酒なんですね。それで、アル中になりました。まあ、うちの親父みたいなもんですね。アル中になって、その治療の一貫として絵を描くことになりました。だから、初期の絵は筆致があまい。それがだんだんと上手になっていくんです。
絵が描けるので酒代は絵で支払いということになりました。だから一生の間に6,000点もの絵画を書くことになりました。
たびたび治療のために精神病院にも入院しました。おかげで戦争になっても兵隊にならずにすんだようですね。アル中で精神病院に入院歴があれば、軍隊も足手まといとなると考えたのでしょう。軍隊に雇っても、精神がおかしくなって、味方を銃撃することだって考えられますから。
最初、「白の時代」というのがあって、そこから「色彩の時代」というふうに画風が変わっていくのがユトリロです。
晩年になると、ユトリロの奥さんが、ユトリロの絵画が高く売れることに気がつき、どんどん絵画を描かせました。特に白の時代の絵が高いので、いやがるユトリロに無理やり描かせました。お酒も水で薄めて、酷使したようですね。だから晩年のユトリロの絵はあまり迫力がありません。粗製乱造ということです。
さて、ルノワールとユトリロは同じ場所の絵画を描いています。
それはムーラン・ド・ラ・ギャレットというダンスホールです。
両者の年齢差は40ほどありますが、似たような時代だったでしょう。
ムーランとはフランス語で風車なんですが、ユトリロの方は風景画なので風車があります。ルノワールはダンスをしているところ。
絵をみると、ルノワールの方がやはり生き生きとしています。
ユトリロはあまり人物を描いてはおらず、主に建物。それも絵葉書を題材にしたようです。だから、戦争中にモンマルトルから疎開してもモンマルトルの絵が描けたようですね。
ムーラン・ド・ラ・ギャレットはロートレックも描いているんですが、ちょっと迫力不足です。
しかし、同じ場所が複数の画家によって描かれるということは、相当魅力的な場所だったのでしょう。
ムーランとくれば、ムーラン・ルージュというキャバレーがあります。ロートレックも描いてます。ルージュは赤ですから、赤い風車。本当に赤い風車があるようです。
どうもフランス人は風車が好きなようですね。風車といえばオランダというのが日本人の感覚なんですけどね
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7月12日(月)
選挙が終わりました。民主党の負けです。消費税10%の影響が大きかったようですね。ただ、これでわかったことは消費税増税は避けられないということです。自民党が消費税増税を言い出したときに民主党は「無駄遣いを減らせばなんとかなる。」ということで、事業仕分けとかやりました。しかし、その民主党ですら増税ということですから。もし増税しないで済むなら国民に不人気である増税なんかはいいだしません。対立する二つの政党がともに増税というのは、それが運命的に避けられないということを示しています。
ただし、増税となれば、それ相応の対応が立法側にも行政側にも求められるでしょう。当然、衆議院議員や参議院議員の定数削減。公務員の給与削減は不可避です。財政赤字で市政が運営できなくなった夕張市は公務員の給料が最低ランクにまで落ちました。当然、これが国家公務員にも及ぶでしょう。また特別職の公務員も同様です。新卒の人は、公務員が安定していて給料が高いということで、公務員志望してますが、今から公務員となって定年までそれが維持できると考えているのでしょうか?何十年も前は公務員は給料が低いけど、仕方ないので公務員になったという人がいた時代だったんですよ。また元にもどって給料が低いけど、リストラがないからいいなんてことになるかもしれません。
夕張市が破綻したとき、当然のごとく、国家は夕張市の公務員の給与を下げました。それがこんどは自分に帰ってくるなんて、優秀な官僚は考えなかったのでしょうか。今や、財政はまったなし。もし夕張市のおいてさえ財政が困難な時であろうが公務員の給料は下げないというう前例があれば、国家公務員の給料は下げられずにすんだかもしれません。しかし、夕張市で公務員の給料が下げられ、それが国民の知るところとなれば、国家公務員の給与は下げざるをえません。
同じようなことがこの世界でもあります。日本の銀行が世界を席巻するとき、BIS規制で日本の銀行の力を落とそうと欧米の政府は考えました。それはある意味、成功しました。それまでは銀行というのは国家が保証するのだから、どんな銀行であろうが、必要なお金は印刷してでも守る。よって銀行が健全だろうが、破綻しそうだろうが、国家の信用において安泰であるという考えが主流でした。
BIS規制により、日本の銀行の力は弱まり、外国の特にアメリカの銀行は復活しました。アメリカは何があろうが評価はいつもトリプルA。そんな自国に有利なことが永遠につづくわけはありません。相手に放った剣は自らも傷つけることに考えが及ばなかったようです。しかも、不公正なやり方でやったのですから、中には放漫経営でムチャクチャな金融商品を作るような金融機関もでてきました。
いまやBIS規制は欧州を陥落させるぐらいの影響をもってきました。ギリシャ、イタリア、イギリスの国債の信認がなくなったら、欧州はどうするか。ドイツが救うのか、それともそれらの国債をデフォルトさせるのか。ギリシャ国債がデフォルトしたらギリシャはどうやって生活していくのか?ギリシャには産業基盤が脆弱。外貨を稼ぐような社会構造にないのは現実。
国家運営において、恣意的な政策はやはり長期的には禍根を残すということがわかりました。ある人たちにとって好都合な事は他方には不都合。社会的弱者に対する規制は良いけれど、強者がますます強者になるような政策はいずれはその強者に襲いかかるということのようです。欧州もアメリカや日本に対抗するには自分たちが巨大マーケットになって市場を支配しようと考えたのでしょう。欧州の政策はまさに欧州の単一市場の形成にあります。
だから貿易上の障壁は欧州共通にして、基本的に欧州内では自由に物が流通できる。それは良い考えですが、その裏には自分たちが市場の覇者として実権を握りたいのでしょう。しかし、いろいろな国があり、考え方もバラバラな国家が一つになってもなかなかうまく行かない。同じ国家内なら、弱い地域に対して強い地域が支えるのは何の疑問もでません。日本でも東京からあがる税金で地方を養ってますが、これがけしからんと考えるのは少数派です。
一方、これが欧州ではどうなるか。ドイツが多額の外貨を稼ぎ、それをギリシャに与えるという政策がドイツで支持されるわけはありません。ギリシャの国民の多くが公務員。特に仕事もなく、また年金もすごく優遇されています。そのつけをドイツが支払うなんてことがドイツ国民に受け入れられるはずもない。
今は欧州は一つですが、まだまだ紆余曲折はあるでしょう。もともと違った国民を一つにするには共通の利益、互いの利益がないとだめです。会社のようにお金を儲けるためにドイツとギリシャの会社が一緒になるということはありえます。お互い、利潤を図るという共通かつ明白な目的があります。逆にドイツだけが損をして、ギリシャだけが儲かるような組織はなりたちません。