道北(北海道北部)の僻地医療
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 2008年10月25日・26日の両日、京都大学で日本財政学会の全国大会が開催された。わたしも出席した。その中に北海道の僻地医療の分科会があっ た。4人が報告されたが、最後の報告者が地域病院の院長さんであった。文系学会での報告は初めてだとおっしゃっていた。
 中頓別町(なかとんべつちょう)の国民健康保健病院が、新しい院長住友和弘医師(内科医、循環器専門)さんの尽力で、今健闘している。ここは北海道の北 部(道北)にある人口2289人(2005年調査)の小さな町である。牧畜が主要産業の過疎の町である。このあたりは、「宗谷支庁」という。とくに「南宗 谷」というが、そのエリアに3つの自治体があって、中頓別町はその1つである。中頓別のこの国保病院には大きな手術(たとえば悪性腫瘍の除去)をする能力 がないので、そういう場合はセンター病院まで100kmを走らねばならない。この距離にたえる体力を有する患者さんしか、いけない。大変厳しい状況にあ る。高齢化もじわじわと進んでいる。僻地医療のきびしさが伝わる報告であった。
 住友医師は、過疎地のこの病院に約4年前に病院長として赴任された。現在医師は彼を含めて2人(もう一人は外科)、当時は彼1人であった。当初1年半く らいは、1日24時間勤務されていたそうである。私の1日あたりの労働時間も長いが、上には上がいる。1日24時間である(要するに毎日病院に寝泊ま り)。私は、すぐ「忙しい、忙しい」と不平をいってしまうが、住友さんと比べると楽な生活をしている。「人のせいにしない」ことを、痛感させられる報告で あった。つまり住友先生の生活と勤労は大変なのだが、先生は「人のせいにしない」で、たんたんと自分で何ができるかをかんがえ、この苦境から抜け出すプロ グラム(後述の森林療法)を町に提案、実行されている。自治体財政崩壊寸前、病院経営赤字崩壊寸前の苦しい状況にあるが、イライラ、カリカリして不平をい うのではなく、オルタナティブな(代替的)脱出策をさぐり、実行する。冷静で客観的な分析に基づいた学術報告であった。
 先生の報告は2つの内容からできていた。1つは病院経営が悪化する要因の分析と、その中での経営改善の努力。先生の奮闘で、経営改善、医療サービス改 善、看護師さんら医療スタッフのやる気やサービスの質の向上などが実現し、一時離れていた地域住民が、この病院に戻ってきた。外来患者数が増えてきてい る。2つめは、先生独自のソリューション(解決策)。具体的には森林療法についてである。
(1)政策の問題点
 先生は、冷静に現状の医療政策の問題点を次々に指摘された。医療制度が過疎地に対応していないので、いくら経営改善努力をしても、赤字が減らない構造に なっている。病院スタッフのサービス向上の努力を当然前提として、同時に診療報酬制度や看護師予算など医療制度を改善する必要がある。
 例えば本病院は50床だが、病床利用率が50%に満たない。政府(総務省)の新しいガイドライン(自治体病院改革ガイドライン)によれば、病床利用率が 3年連続で70%に満たない病院は、病床数の見直し(減床)が求められる。具体的には、診療所化する、介護施設化するなど、病院であることをやめるような 方向も、現実には選択肢に含まれてくる。そして周辺病院とのネットワーク化で広域で効率的に対応せよというのも、政府の方針である。
 しかし医師が2人の病院では、対応できる病気が限定されており、満床にならないのはやむをえない。だからつぶして効率化せよということで、地域医療は守 れるのだろうか。住友医師も赴任時は縮小案もありうると考えておられたそうだが、実際に数年間ここで医療に従事して、その案は最適解ではないと気づかれた そうである。20床未満の診療所になると、看護師数が減り、看護師の研修環境も悪化し、診療所に求められる医療水準さえ維持できないという。僻地なので、 そもそも看護師の確保が難しいが、いい上司がいれば、腕を磨けるということで看護師さんが来てくれる。しかし診療所化で看護師が減ると、そういう研修環境 が劣化する。むろん、医師も2人から1人に減る。
 仮に病院を2、診療所を1、閉鎖を0と、数字で表現すれば、2から1にすれば、結局1にとどまらず、0まで行ってしまうということだ。診療所化は、中頓 別の医療サービスの崩壊を意味するのではないだろうか。老人ホームも共倒れになる危険性がある。
 財政制度にも問題があると指摘された。看護師数に連動して予算が増える。15:1、13:1、10:1など、いろいろ基準があるが、そうやって正看を増 やすと予算が増えて、経営は改善する。ところが同じ理由から東京の病院が正看をとってしまうので、地方に正看護師さんがまわってこないという。経営改善努 力はされているが、それを相殺するように、国全体のレベルで地域医療にマイナスの要因が強く働いていて、なかなか赤字が減らないようである。
 ネットワークにしても、北大医学部系と旭川医大系での系列の違いがあって、それはネットワークの形成を困難化させている。医局制度の是非は私にはわから ない。大学が異なると人事面の系統がかわるということに、一定の合理性があるとも思う。いずれにせよ、僻地での病院ネットワークを提案する人は、医局制度 の伝統と現実をふまえて、提案すべきだろう。わたしも「医局」に問題があることは、少しだけ知っている。昔職場に医療社会学の先輩教授がおられて、もう定 年退職されたが、研究テーマは旧帝国大学医学部「医局」であった。退官記念の最終講義を拝聴して、少し問題点を理解した(気がした)。とはいえ医局にメ リットもあるだろう。現実には、医局の継続を前提にした改革案が必要である。それと、地理的に広い地域では、病院と病院の間が100km以上離れていて、 ネットワークという発想自体の限界もふまえるべきではないだろうか。
 院長の話をうかがって、病院内部にも改善課題がたしかにあったようだが、しかしいくら改善しても、それを相殺するほどのマイナス要因が、医療制度そのも のに含まれていることが、わかった。2005年に介護保険制度改革、2006年医療保険制度改革、そして2008年4月後期高齢者医療制度導入と、「改 革」と称する変化が続く。実体面では、なぜか地域医療は崩壊へ向かっている。「改革」の影響なのか、無関係なのか。
(2)森林療法
 さて危機的状況の中、住友先生は24時間勤務。8時診療開始で、20時終了。その後も一晩中、2時間おきに、急患でたたきおこされたらしい(そういう時 期があったということ)。これでは体がもたない。そこで、「やめた。東京へ戻ろう」とはならないところが、すごい。みずからイノベーティブな(革新的な) 発想で、新規事業を始められた。瞠目すべきバイタリティである。それが森林療法で、患者さんに1回1時間程度、森林を歩いていただく。歩く前と後での、血 圧やストレスなどいくつかのことがらについて、検査する。そのデータを集めて分析したところ、高血圧が減った。また真夜中にたたき起こされるような、急患 の件数も減った。そこで、これをさらにプログラム化し、町行政も巻き込んでの健康プロジェクトへと展開した。森林療法推進のためのNPOもできた。代表は 住友先生である。僻地医療はどこも逃げ出したくなるほど大変だと思うが、その苦境を自らのアイデアで乗りきろうとする前向きさに、感心した。むろん、制 度、政策の欠点はきちんと指摘されている。制度を批判し、制度改革を主張しつつも、自分でできることは、自分でもする。このいわば「他力」と「自力」のバ ランス感覚に、脱帽した。