横国の大学院で、私のゼミに所属して(マスターおよびドクター)、
途上国研究をしたいと考えている学部学生へ:
 
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 2004年(平成16年)3月14日 記

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1 入試について
 大学院に入学するためには、入試を受ける必要がありますが、2004年度の入試の場合は、経済学の専門に関する問題と、外国語に関する問題の両方の領域で、筆記試験がありました。そして筆記試験の合格者に対しては、筆記試験の1週間後に、面接試験が実施されました。詳細は、大学院の事務に問い合わせてください。筆記試験については、窓口で過去問題を公開しています。
 
2 大学院に入学すると:どの国を研究するか
(1)語学
 私のゼミでの途上国研究は、基本的に、特定の国に絞ってフィールド研究を行うというアプローチです。そのためには、当該国の現地語が堪能でなければなりません。現在の在籍者も、たとえばタイ研究者はタイ語について読み書きができます、ラオス研究者については、ラオスが母国語です。私自身は、ラテン・アメリカ(とくにブラジルとペルー)が専門ですので、当然ですが、スペイン語とポルトガル語での読み書きができます。また現地の学生や社会人を対象に、両方の言葉での講演や講義の経験があります。大学院にはいった時点で、すでに現地語がかなり修得されていないと、途上国研究は進まないと思います。大学院では、経済学や財政学や開発経済学を勉強しますので、とても外国語の習得に時間をかける余裕はありません。むろん、それでも、時間をみつけては、外国語の訓練も続ける必要がありますが、一から学ぶのは大変難しいと言えます。できれば学部の1年生から、遅くとも3年生から、途上国の言語を学び始めている必要があります。そういう人でないと、「合格レベル」の途上国に関する修士論文を2年で執筆することができません。
(2)とはいえ…
 「私は、今4年生の終わりで、急に大学院修士課程(博士課程前期)で途上国研究をしたくなった。しかし、現地語は話せないし、そもそもどの国を研究したいかが、決まっていない」という人はいますか。そのような人は、以下の助言をお聞きください。大学院の入試では、特定の途上国の現地語の能力をテストするわけではありません。第一、たとえばタイ語やスワヒリ語(東アフリカの言葉)やタガログ語やポルトガル語のできる先生はいませんから(ポルトガル語は私はできるが、私以外ではいない、という意味)、テストのしようがありません。したがって現地語の能力がなくても、運良く合格して大学院に入学するという可能性も、ないとは言い切れません。その場合、どうするか?
 大学院で研究したいという希望と意志が大変強い人なら、私は入ゼミを拒みません。しかし2年で修了することは、ほとんど不可能だと考えてください。大学院の修士課程には最長で4年間在籍できます。その間に、研究対象国をえらび現地語を修得しながら(場合によっては1年くらい休学して現地に語学留学して)、同時に経済学、財政学、開発経済学を学習・研究しつつ、修士論文を執筆するという段取りになります。4年間は長いようで早いです。「マスターに、3年も4年もかかるの?」と驚くかも知れませんが、途上国研究はやや特殊な分野なので、決してあなたの能力が劣っているということではありません。むしろ優秀な人でも、現地語と経済理論(分析ツール)の同時修得には、時間がかかるのです。
(3)「そもそも特定地域・国に絞った研究には、関心がない」という人へ
 南北問題や、先進国と途上国の国際貿易に関心があるので、特定の途上国の政治経済構造の内部分析には、関心がないという人もいます。それは、途上国研究のあり方として、決してマイノリティではないし、十分成立するアプローチだと思います。ただ、それは私の分野と異なり、国際貿易論や国際経済の専門分野になります。その分野の先生に、主任指導を求めてください。私は、副指導教官として、サイドから時折助言することが可能でしょう。
 また世界銀行そのものを総合評価したいと考える人もいます。その人は、私のゼミの守備範囲です。しかし、世界銀行の活動範囲は幅広く、総合評価は一研究者の個別研究では、無理です。仮に評価するとすれば、特定分野(たとえば保健衛生)に絞る必要がある。またプロジェクトは、具体的には国毎に実施されるから、結局特定国に行く必要が生じてくる。そうしないと、評価ができない。つまり、世銀の活動を評価するにも、特定国研究が必要になるわけです。将来的に、特定国の専門家にはなりたくないという人もいるでしょう。国際システムや国際機関全体を研究対象にしたいという希望は、尊重します。しかし、その場合でも、どこか1つ、フィールドを持っていることは、自信につながります。世界経済全体を研究したいという人にも、是非、専門に勉強する国を1つ決めることを、おすすめします。
 
3 国は選んだが…:分野・領域(discipline)を絞り込む
 国が決まったとしても、実はまだ半分なのです。ペルーを研究しますといっても、「ペルーの何を研究するのですか」と、当然私はあなたに尋ねます。研究をスタートさせるには、「ペルーの○○を研究します」というところまで、決めなければなりません。ペルーの地方財政、ペルーの労働市場、ペルーの中小企業産業支援政策、ペルーの「女性と参加」の問題、ペルーの教育財政、などなど、領域の絞り込みが必要です。ペルー全体を研究するということも、よほど面白い分析ツールあるいは分析枠組みがあれば、ないとは言えないです。しかし、そのような分析ツールはなかなか1年〜2年では、開発できません。「ペルー全体を研究します」といっても、結果は単なる全体の「旅行ガイド書」のような論文になってしまって、修士論文としては不合格になります。実は「ペルーの地方財政」だけでも、まだ絞り込みが足りません。100年以上の歴史を全部調べることは、2年間ではできません。たとえば、「ペルーの2002年の地方自治制度改革の影響をアヤクーチョ県から分析する」といった絞り込みが必要になります。そのためには、絞り込んだ領域で、どのような研究がなされているのか、ペルー国内での研究動向を詳しくフォローせねばなりません。どの大学に、どのような研究者がいるのか?たとえば「リマのパシフィコ大学に○×教授がおられて、最近この問題でどのような論文を書いたか」、といったことをフォローせねばなりません。既存研究の到達点のフォローに、かなり時間がかかりますので(人的ネットワークを形成する必要もある)、研究対象領域・分野は、大学院にはいったら、1年生の夏頃までには決定するのがよいと思います。

 私自身は、大阪市立大学の大学院にはいりました。大学院入試は学部4年生の段階では、受験準備が間に合わないと考え、受験しませんでした。だから、入学のためには、1年間浪人しました。浪人中、秋と冬に2回受験のチャンスがありましたが、秋の試験は、筆記は受かりまして、二次面接で落ちました。冬の試験で合格しました。入学後は、4月時点で、「ブラジルの都市政策」を研究すると、決めていました。ポルトガル語は、学部の3年生のときから、学習し始めていました。このように、国と対象領域は、最初から決まっていました。それでも修士論文執筆の最終段階で、「2年間では時間が足らないなあ。もう1年かけようかなあ」と感じたことを、強く覚えています。
4 総合力
 このように、現地語、英語(国際的研究動向をフォローするため)、特定分野の既存研究のフォロー(現地国内、国際レベルの両方)、特定分野の分析理論・ツールの修得・開発、経済学理論の修得・研究、現地の文化・風土・習慣・常識の学習、など、多様なことがらに取り組まなければなりません。たとえばブラジルの環境政策研究をすすめるとすれば: (1)ポルトガル語の習得

 (2)国際的議論をフォローするための英語文献の読破
 (3)環境問題たとえば大気汚染に絞り込むとすれば、それに関する日本、
   ブラジル、国際レベルの既存研究の吸収と到達点の確認
 (4)環境経済学、環境理論での分析ツールの開発
 (5)経済学理論そのものの修得−−(4)と連動
 (6)ブラジルの社会習慣・文化・風土などの学習
 といった6つの事柄に取り組むことになります。これらは相互に関連するでしょう。「富士山って何?忠臣蔵って何?」と聞くような青い目の日本研究者が、仮に東京の大気汚染政策に非常に詳しい、としましょう。私たちは、「この人、大丈夫かな」と、その研究の質に疑いの目を持ちますね。同じように、カヌードスの乱を知らない人が、いくらサンパウロの大気汚染に詳しくなっても、ちょっと変ですよね。だから(6)も大切です。
5 まとめ
 最後に7番目の課題を指摘しておきましょう。それは、「大きな問題意識」です。私の場合は、「経済学理論はほとんどがヨーロッパの経験の観察・分析に基づいて作られている。しかし人類のほとんどは途上国にいる。経済現象のほとんどもそこで生じている。なぜそちらを観察しないのか。そこから、経済学全体の組み直しが可能になるはずだ」という問題意識が、最初からありました。実は、最近は、これはあまりにも壮大な課題だと気づきはじめて、ほとんど忘れています。大学院の最初の頃は、まだ経済学の全体が見えないから、希有壮大な野望を抱くものです。だんだん、研究者生活が長くなるにつれて、私の場合は「自分がどんどん小さくなっていく」感じがしてます。「経済学全体の組み直し」など、私に扱える課題ではないことが、分かってきました。とはいえ、「大きな問題意識が消滅したわけでありません。私がそのような大それたことに取り組むことはないと、今では思いますが、それでも問題意識としては頭のどこか片隅に残っています。そういう大きな問題意識を持つことも、大切なことでしょう。それは人によっていろいろですね。学部生や大学院の最初の頃は、大それた夢を持たないほうが、おかしいかも知れません。それは、論文にはいちいち書かないし、人にも言わないでしょうが、大切なことでしょう。
 以上、あなたをdiscourageするために書いたわけではありません。「ちょっと大変そうだから、大学院に行くのは止めよう」と感じたなら、そのように止めさせるために書いた文章ではありません。あくまで、途上国研究分野で合格可能なレベルの修士論文を、2年間で書いていただきたいとの思いから、著しました。参考になれば、幸いです。