山崎ゼミや受講生のみなさんへ 
2003年新年のご挨拶

2003年(平成15年)1月吉日  改訂1月8日

 新年、明けましておめでとうございます。
今年がみなさんにとっての飛躍の年となるようお祈りいたします。

 私は年末年始は、ひさしぶりに、というよりも初めて、両親と一緒に旅行をして過ごしました。大晦日と元旦を旅館で両親と迎えることは、初めてのことでした。家内の両親と、私の妹も一緒でしたので、合計7人の旅となりました。熱海と土肥温泉へそれぞれ1泊づつ行きました。土肥温泉は土肥金山があったところで、西伊豆です。砂金探しの体験ができる観光施設と、世界一の花時計があります。静かな漁村で、ゆっくりとした気分で時間を過ごすことができました。宿は玉樟園新井で、囲碁の本因坊戦の会場として使用された、有名なところです。低層の施設を主として、広い敷地と庭園に囲まれた旅館です。料理の質は抜群でした。熱海を悪くいいたくはないし、熱海もがんばって欲しいとは思うのですが、いわゆる高度成長期以後に大量の社員の忘年会や新年会の宴会需要を処理するために開発されたような観光温泉地は、今はまったく魅力を失っています。土肥は未開発で、さびれているようにも見えますが、実は自然の景観や風景が残っていて、訪れる価値の高い場所だと思いました。世界一の花時計は、余計だと思いました。あのような構造物を作らなくても、山と海の自然を残すだけで、観光客の誘因を形成できると、私は思います。土肥の港から、沼津港向けに高速船「コバルトアロー」が出ていますが、これに帰途乗船しました。これもすばらしい。運良く快晴だったので、富士山が見えたのです。普段、新幹線からみる富士山は、工場といった人工の構造物がたくさんふもとにあって、景観としてはよろしくない。今回海(駿河湾)からみた富士山は、人工構造物があまり視界に入らなかったので、目をみはりました。沼津から清水にかけての海岸は、海から見ると(あくまで、海から見てのことですが)、まだ未開発で、自然度が高いように思えました。その上方に富士山が見えるのですが、感歎しました。景観保全がいかに重要かを、とくに海からの景観もいかに大切にしなければならないかを、痛感しました。私は絵は描かないので、どちらかといえば景観には鈍感かも知れません。景観保全は環境政策の中でもっと重視されてよいと、強く思います。

 1月は中南米のドル化についての論文を書いています。そのあと、ラテンアメリカの地方分権化や、「良い統治」に関する論文2本の締め切りが近づいてきます。ペルーの地方分権化に関する報告書(半年間の現地滞在の調査報告書)も、当面、非常に重要な仕事です。J.Tendlerさんの本の書評論文を書こうと思っているのですが、時間がとれていません。あるシンクタンク(自動車メーカー系)からペルー経済の今年の予想を頼まれ、資料を集めています。ペルーは経済成長率自体は3%程度が可能かも知れません。昨年からやや内需が回復に向かっているのです。ただしラテンアメリカ全体は厳しいです。アルゼンチンが回復していないし、ベネズエラの危機も深刻です。ブラジルは政権交代があり、労働者党(PT)が権力を取りました。ブラジルの民衆にとっては大変良い知らせです。 こういう大胆な政権交代は、もしそれが「サスティナブル社会」(環境・福祉・平和を重視する社会)を創る方向の政策を推進すれば、それは景気や経済成長に対してプラスに働くと、私は考えています。

 日本経済については、今の不況は「小泉構造改革不況」と、グローバル化による構造不況(企業活動の多国籍化による雇用の喪失)と、技術革新による産業構造の変化による構造不況とが、2重、3重に重複しています。小泉さんの日本経済破壊型路線が、180度変わることが、景気回復の最低限の条件です。しかしこれは必要条件であって、十分条件ではありません。小泉さんが退陣したからといってすぐに景気がよくなるわけではない。環境・福祉・平和を軸とした新しい社会をつくる仕掛けを積極的に展開しないと、経済は再生しないでしょう。さて、より深く日本経済について考える上で、おすすめする本がいくつかあります。いずれも、年末に著者から謹呈いただいたものです。ただでもらったから、宣伝しようというような魂胆から、紹介するのではなく、読んでみて確かにおもしろいと思ったので、おすすめまします。
1 二宮厚美『構造改革とデフレ不況−−やさしく、ふかく、現代日本経済入門』萌文社、2000円:
  神戸大学の二宮厚美教授(経済学、財政学、福祉経済論)の新著です。小泉政権が、なぜ、構造改革路線と抵抗勢力からの要求との間で揺れ動くのか、その論理がわかりやすく解明されています。むろん、改革路線を突き進んでも日本経済は破綻するし、抵抗勢力のいうことを聞いても駄目で、そのどちらでもない別の道を探らねばならないわけです。そもそも不況とは何か、恐慌とは何かという根本から疑問を解きほぐしてくれる本です。これをみなさんが読むことを、私は強く勧めます。
2 宮本憲一「経済学者宮本憲一インタビュー 第1特集 新世紀の経済哲学」『Logosdon 』No.45、2001年7月・8月合併号(530円):
 
新自由主義、税制改革、公共事業、NPOなどをどう考えるか、21世紀をどう生きるか。宮本哲学の壮大な思想と構想が、わかりやすく、口語で、展開されています。

3 金子勝・成毛眞共著『希望のビジネス戦略』ちくま新書、680円 
  投資コンサルティング会社「インスパイア」設立者の成毛眞氏と、金子さんの対談形式の本です。日本経済の再生をビジネスの観点から論じた、元気の出る本です。かたや成毛さんはいわば金儲けのプロ、かたや金子さんは金儲けよりも社会的公正と倫理と福祉を重視する人で、互いに見解の違いがありますが、そこがおもしろい。互いに自己の主張や思想は一歩も譲っていないのですが、にもかかわらず話は共通の結論へ向かっていく。希望のビジネス戦略とは何かというところへと収斂していきます。これを読んでいると、今の日本は、国王・貴族が腐敗した絶対主義ないし重商主義の末期のような状態にあって、金子さんはいわば、『道徳感情論』と『国富論』を書いたアダム・スミスのような人だという感じがしました。規制緩和や民営化や企業減税を促進する新自由主義というのは、結局特権階層や富裕者を優遇するから、18世紀の重商主義のようなものかも知れません(J.K.ガルブレイスの言)。あるいは新重商主義かな。重商主義を批判し、社会正義と倫理観に裏打ちされた自由主義による貧者救済を説いたのがアダム・スミスの『国富論』ですが、我々もスミスの経済自由主義と道徳の思想を、よく思い出す必要があると思います。
4 寺西俊一・石弘光『環境保全と公共政策』岩波書店、3200円:
  岩波講座 環境経済・政策学のシリーズの第4巻です。今の日本で、環境経済学についてもっとも信頼できる経済学者の1人である寺西俊一教授(一橋大学)が、石弘光先生(一橋大学学長、政府税制調査会会長)と共同で編纂された本です。永井進、植田和弘、松本泰子、諸富徹ら、私自身普段から交流させていただいている方々の論考も、収められております。彼らも、もっとも信頼できる最高の環境研究者です。環境税、環境経営、環境教育に関する基本的な論点がわかりやすく解説されています。環境を勉強する人は、まずこの本を読む必要があるでしょう。
 どの論文も、従来のテキスト類で説明されていることがらから、さらに一歩踏み込んだ説明がなされているように思います。たとえば石先生の第3章の環境税のところは、道路特定財源の説明を含めて、従来のテキスト類での紹介・解説よりも、一段と明解でわかりやすいです。諸富徹氏の第5章(環境保全と費用負担原理)も、たとえば「リサイクル」という考え方自体が、すでに古い発想になってきていることが、ドイツのリサイクル法と日本のそれとの比較のところで、明解に書かれています。ほかの章も、従来の環境の本を読んだときに、なんとなく疑問として残ったようなことがらが、この本では、ひとつひとつ解消していくような気持ちを持つと思います。若干、章間で、説明の重複がありますが、全体として、どの章も丁寧に書かれているなあという印象を受けます。みなさん是非読んでください。