Q1:甲府教会はどんな教会ですか?


  甲府教会は山梨県内にある唯一のルーテル教会です。南アルプス連峰、八ヶ岳連峰などの多くの山々に囲まれて、盆地特有の夏暑く、冬寒い気候の所ですが、ブドウをはじめ、桃、さくらんぼなど四季折々の果物に恵まれた所です。歴史的には武田信玄公ゆかりの地で、南に富士山を仰ぎ見る事のできる風光明媚な自然に富んだ所にあります。当教会は2003年宣教50周年、2005年には献堂50周年を迎えました。丁度半世紀を過ぎ、新たな宣教への歩みを始めているところです。特筆は教会玄関西窓に「ノアの箱舟」と礼拝堂北窓に、左側に「山上の説教」、中央には教会暦で変わるもの(聖母子、受難、復活・昇天、聖霊降臨)、右側には「弟子の足を洗うイエスさま」と云う常時4枚のステンドグラスが入っており、南側には障子を用いた落ち着いた雰囲気の礼拝堂です。毎週の礼拝には塔の鐘を鳴らし、礼拝の始めと終わりを告げ知らせています。ご一緒に礼拝に参加してみませんか、お待ちしております。


2:聖書には旧約聖書と新約聖書がありますが、これはどう違うのでしょうか?


  旧約聖書はユダヤ教の聖典です。このユダヤ教の聖典において、来るべきメシアが予言されていました。このメシアこそイエスであると信じた人々が、旧約聖書を引用してイエスのメシア性を証ししたのが新約聖書です。従って、旧約聖書と新約聖書はキリスト教徒にとっては切り離すことのできない聖典となったのです。
 従って、イエスをメシアとして信じないユダヤ人にとっては、新約聖書は聖典ではありません。むしろ、偽りの書物ということになるわけです。

3:聖書は神の言葉なのですか?

 旧約聖書も新約聖書も人が書いた文章です。しかも多くの人たちが時代を異にして記しているものです。
 旧約聖書などは、最初に書かれた文章と最後に書かれた文章には、凡そ千年もの開きがあります。口伝の時代を入れるともっと開きが大きくなります。古いものは、口伝されてきた民族の歴史が、ダビデのころ(前10世紀)に纏められ、諸部族の歴史などもこれに加えられながら発展したようです。新しいものはダニエル書で前2世紀のものです。
 新約聖書はイエスの死後、30年から100年ごろまでに記された文章です。
 これらの文章が神の言葉と言われるのは、これらの文章を記した人々の信仰に、神の霊の働きかけていると信じられているからです。端的な言い方をすれば、わたしたちが信仰に基づいて書く文章と質的には変わらないものです。


4:信仰によって書かれた文章には間違いはないのですか?


  信じていることは間違いがないとしても、信じている人が完全な知識を持っているわけではありません。信仰は正しくても知識には誤りがあるものです。又、時代的な制約もあるものです。例えば、創世記第一章の天地創造にしても、当時の人々にとっては、あの創造の順序が常識であったのかもしれませんが、今日の科学的な知識では、それをそのまま受け入れることは出来ません。だから、あのような順序は間違いとなるわけです。
また、聖書には、同じような伝承が違う人物に重ねられたりしています。これなどは、二つの伝承があり、編集者がどちらとも判定ができなくて、双方の伝承を文章化したと見てよいのかもしれません。
その他、聖書には細かい記憶の間違いなども見つかっています。ですから、一言一句が間違いのない神の言葉であるとするのは問題です。

Q5:聖書は何時ごろ書かれたのですか?

 聖書は旧約聖書が39巻(プロテスタントの旧約。カトリックの場合は第二聖典として、これに10巻が加わります)。新約聖書が27巻あります。それぞれの巻の書かれた時代は異なります。次代が異なるということは著者も異なるということです。また、同じ巻でも、その中に取り入れられている資料によって時代を異にします。

旧約の全巻が今の形に纏まり、聖典とされたのは、紀元後90年のことだといわれます。新約聖書が今の形になったのは5世紀に入ってからのことです。巻という呼称は、かつて、聖書がそれぞれに巻物の形をとっていたからです。現在は、この全てが旧約も、新約も一冊の聖書となっています。

 旧約聖書は、多くの巻がパッチワークの様相を呈しています。特に最初の5巻(モーセ五書といわれる)には、イスラエル民族を形成する部族が伝えてきた独自の歴史や、それを遡って伝えられた神話なども収録されています。その中には文章化されていたものや、なお、口伝でしかなかったものもあります。この最初の5巻が纏められたのは、凡そ前6世紀の捕囚期とされています。そして、この5巻が聖なる書とされたのは前5世紀の半ばです。

 この纏めがなされる前には、大きな文書資料があったといわれます。その文書とは南ユダ王国で纏められたものと、北イスラエルで纏められていたものです。バビロンに捕らえられている中で、これらの文章を巧みに組み合わせて、イスラエル12民族の結束を強め、民族性を維持し、鼓舞していくために作成されたのです。

 この5巻の後に、前の預言書が整えられました。前の預言書というのはヨシュヤ記から列王記です。ここではイスラエル民族のカナン定着後の歴史が、選民思想の中で辿られています。同時に、そうした歴史の中で活躍した預言者たちの言葉が収録されました。これは後の預言書で預言者の名前が記されます。これらは捕囚期から捕囚後に纏められています。こうしたものが聖典視されるようになったのは、前の5巻の聖典化からそれほど離れてはいないと見られます。詩篇は長い歴史の中で、ふるいにかけられ、生き残ったものが纏められています。纏められた時代が前1−2世紀ごろとしても、個々の詩の作られた年代はさまざまです。従って、旧約聖書はイスラエル民族が、長い歴史の中で、徐々に積み上げてきた信仰の書であって、その書かれた期間紀元前千年から前百年もの長きにわたるといわなくてはなりません。

 新約聖書は、旧約聖書に比べればごく短い期間に記されています。最も早い文章は、イエスがなくなられて20数年後に現れます。パウロのテサロニケ人への手紙です。パウロの書簡は60年ごろまでに書かれています。しかし、福音書はマルコの70年ごろから、ヨハネの95年ころのように、イエスの死後、長い時間が経過して記されています。そして、二世紀に入り、新約聖書に収録されていない多くのものが出回ったようです。

Q1:甲府教会はどんな教会ですか?


  甲府教会は山梨県内にある唯一のルーテル教会です。南アルプス連峰、八ヶ岳連峰などの多くの山々に囲まれて、盆地特有の夏暑く、冬寒い気候の所ですが、ブドウをはじめ、桃、さくらんぼなど四季折々の果物に恵まれた所です。歴史的には武田信玄公ゆかりの地で、南に富士山を仰ぎ見る事のできる風光明媚な自然に富んだ所にあります。当教会は2003年宣教50周年、2005年には献堂50周年を迎えました。丁度半世紀を過ぎ、新たな宣教への歩みを始めているところです。特筆は教会玄関西窓に「ノアの箱舟」と礼拝堂北窓に、左側に「山上の説教」、中央には教会暦で変わるもの(聖母子、受難、復活・昇天、聖霊降臨)、右側には「弟子の足を洗うイエスさま」と云う常時4枚のステンドグラスが入っており、南側には障子を用いた落ち着いた雰囲気の礼拝堂です。毎週の礼拝には塔の鐘を鳴らし、礼拝の始めと終わりを告げ知らせています。ご一緒に礼拝に参加してみませんか、お待ちしております。



Q6:聖書の天地創造の記事は本当ですか?

旧約聖書は、神による天地創造から始まります。神の存在については、何の疑問もなく、当然のこととされています。当然のこととされているところに聖書の立場があります。聖書を記した人たちは、明らかに、この世界は神の創造によっていると信じた人々です。同じ信仰に立ちながら、時代によって表現の仕方が異なります。それが分かるのが、創世記第一章と第二章です。文章の成立からいえば、第一章は第二章よりも4,5百年も後に書かれたものです。ここでは万物の造られる順序が異なります。時代の世界観が反映しているのかもしれません。もし、今日、この創造が記されるとしたら、おそらく、旧約聖書とは異なった天地創造が記されることになります。と言うことは、この創造物語は、当時の人々の信仰から生まれた文章であって、神の創造に立ち会ったわけではなく、このようにして創造が成ったのではないかと信じて、文書化しているのであって、当時としては、世界の創生をそれ以上に理解できなかったと言ってよいのです。

当然、今日のように科学が進んでくれば、いろいろなことが分かってきます。宇宙の成り立ちや星の生成、生命の進化など、実に多くのものが明らかとなっています。こういう中で、当然、昔の人々の考え方が修正されます。聖書もそういう面を持っています。しかし、大切なことは、聖書を記した人たちが、この世界を生み出している唯一の意志を信じたことです。しかも、その意志と、人間との間には深いかかわりがあると信じたことです。これさえ、理解できれば、創世記の創造物語は、「当時の人々の理解だったのだ」と納得がいくのです。



Q7:エデンの園も架空ですか?

確かに架空です。架空ですが、架空だからといって、無意味だと捨てられるものではありません。むしろ架空のエデンの園を生み出すことによって、人間の真実に迫るのが、聖書の目的です。物語には、実に深い人間観が展開されています。その読み取りを求めているのです。

一般に神話というものには、何がしかの歴史が反映されているものです。しかし、聖書の神話には、人生に対する思索が大きく反映しているといってよいのです。したがって、エデンの園の物語、人間の堕落物語は、人間を理解していくための重要な手がかりになるようにと生み出されています。



Q8:善悪を知る知識の木・生命の木があるのですか?

こんな木があったらよいですね。善悪を知る知識の木の実を食べれば、狭い登竜門である裁判官になる事だって可能です。命の木の実を食べれば長生きできるなら、これも命のことで思い煩うことがなくなります。

しかし、どうもこの二つの木は、人間の最も大切なもの、それを取り去ったら、もう人間ではないという、最も大切なものについて語るために、一つであった生命の木が分けられたように見られます。人間は、本来、大切な命(真の人間性)を与えられて生きていたのに、その命を失ったということがここでの主題です。なぜ失ったのかを説明するために、善悪を知る知識の木(物事を判断する基)が、命の木とは別に作られることになったと見てよいのです。

善や悪を人間はどこで判断するのでしょうか。その判断は、およそ人間の自然性の中に備わっています。その自然性の中に備わっているものを、人は良心と呼んでいます。ところが、現実の人の行動はどうしても利害に基づいてしまいます。そして、その利害に基づく己の行動を擁護していきます。自然に与えられている良心に基づいて行動するべきところを、己の利害に基づいて行動するようになったところに問題が発生しているのです。本来の人間性が失われたことを意味しています。



Q9:人間には原罪があるのですか?

聖書では、アダムの罪が、すべての人に及んでいると考えられています。しかし、これは創世記に記される堕落物語から理解され、解釈されてきた考え方であり、必ずしも、アダムの故に罪があるとは断定できません。そもそも、堕落物語そのものが、人間の内省から生み出されたものであり、そこには、この物語を生み出した人々の、人間の現実に対する疑問があるからです。その疑問というには、「なぜ人は、心に善を図りながら、実際には悪を行ってしまうのか。一体、この矛盾する人間性はどこに起因するのか」というものです。

こうした問いの答えの一つとして、展開しているのが堕落物語です。そして、人間の矛盾する現実、相克の現実を、神からの離反にあると見立てているのです。存在させられている者が、存在させてくださる方を信じられずに、己自身で、己を守らなくてはならないとしたところから、この現実が生まれたと解釈しているのです。その解釈に基づいて、堕落物語が展開します。そして、人は、存在させていてくださる神に立ち返ることよって、初めて、この矛盾を克服し、真の人として生きることが出来るようになると信じたのです。

 事実、人は信頼できるものがあってこそ、正常に生きられるものです。支えられていてこそ、十分な働きが出来るものです。事実、聖書は、罪を、私を生かし、支え、導く神が信じられないこととして捉えます。そして、信じられないところから、悪が展開してきたと見ています。

 アダムが犯した罪が、今もわたしたちに遺伝しているというのではなく、昔も今も変わらない人間の現実を捉えて、これを神との関係の中で受け止めた受け止め方を、私たちは今も真実だと考えるのです。



Q10:「カインの末裔」という言葉を聞きますが?

創世記4章に記されているカインとアベルの物語から取られた言葉です。端的に言えば、人は誰であれ、カインと同じ立場に置かれれば、同じ罪を犯す者だということです。人間の嫉みや嫉妬心は、万人共通であるということで、そうした弱さを心得て歩むことが大切だと示したものです。ヨーロッパにおいて、罪を内包し続ける人間に対して、この言葉が用いられました。日本においても、有島武郎が「カインの末裔」という小説を書いて、この言葉が一般化しました。

「末裔」という言葉そのものは、血統的な子孫を意味しています。従って、言葉どおりに取れば、人間は皆カインの子孫だということになります。でも、聖書では、アベルが殺されて後、アダムにセトが生まれたことを記していますから、人類史的には、全て人類はカインの末裔であるとはいえません。セトの末裔も多いのです。従って、カインの末裔という言葉は、人間全てがカインの血を引くというのではなく、共通した罪性が指し示されているだけです。



Q11:カインの怒りは当然のことと思いますが?

 聖書の面白さの一つに、私たちの常識を逆なでするところがあります。ここも、その一つです。誰だって、神の不公平な取り扱いが、この事件を引き起こしていると理解します。小学生だって、不公平な扱いをされれば、当然、怒ります。まして、大切な祭儀において、同じ事をしているのに、一方は受け入れ、他方は疎んじられるのでは、差別をする方に問題があると考えます。

 でも、ここでの問題は、そこのところには無いようです。ここでは、むしろ、神信仰とはいかなるものなのかという問題が展開されているように思います。これは、後の時代にも問題となってくる「恵みのみ」、「信仰のみ」という信仰のあり方と深く関係しています。

 宗教というのは、どちらかといえば、立派な行いをすることによって救われる、だから、そのための道を教えるものと考えられてきました。しかし、神信仰のあり方は、どこまでも恵みの神を信頼していくことであり、人の側から神に対して、何かをするということは、おこがましいことだと考えられるのです。

ところが人は、自分たちの善行が神に受け入れ、悪人は裁かれると考えます。ですから、自らを律する人は、自ずと誇りを持ち、神もまた当然、祝福すると思っています。逆の者は、小さくならざるを得ないのです。この感情が人間関係そのものを歪なものにしていきます。自分を他人よりも優れたものとし、差別意識を生み、結果的に、人間関係に破局が生まれるのです。しかし、神は、善人にも悪人にも太陽を昇らせ、雨を降らしてくださる方であり、人の行為にはよらないで、どこまでも愛と憐れみを持ってかかわるお方です。

そのような神を信頼して生きることが出来るところに救いがあるということです。ですから、人の側で、何か神に対して成すことができることといえば、ただ感謝だけです。どこまでも、神の恵みに対する応答として、捧げものが供えられ、よい行いがなされるのです。

おそらく、アベルは感謝の思いから捧げたのであり、カインには感謝より他のものがあったのかもしれません。「正しい事をしているなら」と問われています。宗教の本質をこのような形で取り扱っているのには、大きな驚きを禁じえません。



Q12.アダムの系図は正しいのでしょうか?

聖書には、確かに、アダム以降の系図が記されています。この系図に基づいて、人類の年代を計算していくと、人類の歴史は実に短いものになってしまいます。天地創造は、凡そ、BC4000年頃と計算されています。ですから、系図に基づく人類の歴史も、ぐっと短くなります。今日まで精々6000年の歴史を持つ程度です。現在の地球の年代、又、人類の歴史から考えていくと、到底、受け入れられません。

しかし、聖書は歴史書ではありませんし、科学の書でもありません。聖書はあくまでもユダヤ民族が、先祖以来、信じてきた神の民族とのかかわりを記したものです。

従って、民族の前史として記されているこの部分は、凡そ、当時の口伝などを駆使して記されているもので、歴史的な検証がなされていたとは言い難いものです。

そして、この大雑把な前史を記す理由は、人類の長い歴史の中で、しかも、際限なく増え広かる人類の中で、自分たちが神によって選ばれた存在であることを自覚させるところにあります。この世界を支配する唯一の神によって、今、ここに生かされている民族の独自性を自覚させるために、天地創造から説き起こしているのです。

日本の古事記における神代の記述と似たようなところがあるのです。しかし、彼らの記述の背後に、先に記した確固とした信仰的意図が働いていることを理解するなら、その意図に基づいて、聖書を読めばよいわけです。系図は伝承が用いられているのでしょうが、時と、時の流れの中で広がっていった人類の姿を示したもので、正確さに、こだわったものではないようです。

Q13.ノアの洪水は本当にあったのですか?

地球全体を覆うような洪水は、まず考えられません。この洪水は、メソポタミヤ地方を襲った大洪水が記憶されていて、この地方の古い伝承となっていたようです。

ノアの洪水と同じような物語が、メソポタミヤの古い粘土板に記されていました。聖書が記述し始められた凡そ1500年も前に書かれたギルガメシュ叙事詩の中に、この洪水物語が、伝え聞いたこととして、記されていますから、メソポタミヤの草創期の災害であったのは事実なのでしょう。

事実、メソポタミヤの古い都市ウルの発掘によって、前2900年頃に起きた洪水層が確認されています。この洪水に関する伝承がギルガメシュ叙事詩に記載され、これをまた、聖書へと取り入れて、民族の信仰に役立てようとしたものです。

Q14.私たちはノアの子孫ですか?

人類が皆、ノアから分かれたように記されていますが、ノアの子孫だとしたら、人類の歴史は、まだ5000年程度のことと成ります。メソポタミヤの歴史が、洪水によって滅んだとしても、エジプトや中国では多くの人が生きており、その文明は、引き継がれてきました。私たち日本人は、当然、この中国の長い歴史から恩恵を受けています。現生人類の歴史は、人類学者の言うように5000年や6000年程度のものではなく、遥かに長いものです。従って、ノアの洪水において滅ぼされた人類と言うのは、聖書を記した人々が、全世界と認識していた範囲においてであり、メソポタミヤを越えるものではなかったようです。

しかし、この地方に住む多くの民族が、ノアのような家族を通して、そこから分岐して、様々な民族へと展開していったことは容易に考えられます。

ノアの子孫として展開されている人種表は、イスラエルの歴史を記録し始めた頃に、伝えられていた人種表のようなものが、こうして収録されていると思われます。この地方に限った、人種表としては、よく知られたものであったのでしょう。

Q15バベルの塔は誰が壊したのか?

創世記11章にバベルの塔のお話が出ています。このお話では、折角、人間が力を合わせて建てていた塔を見て、人間が力を合わせると何をするか知れないと恐れて、この塔を打ち壊し、人間を全地に散らばらせたと書かれています。神が人間の一致を恐れて、散らすばかりか、言葉も通じ合わないようにしています。

神はこんなに勝手な方なのかと思いますが、これはあくまで神話です。神話というものは、人間の世界での出来事に、擬人化した神を持ち出し、よく理解できない世界の現実を説明しょうとするものです。

このお話には三つの疑問が隠されています。一つは古代に作られ始めた巨大な塔が、途中で作業が中断しています。どうして完成できなかったのかという疑問。二つめと三つめは、何処に行っても、人間の集落があり、又、その人々の言語がみな異なることに対する疑問です。こうした謎に対する答えとして語られてきたのがバベルの塔の物語です。

イスラエルの人々は、この神話に神学的な意味を与えて聖書の中に収録したと言えるのです。神学的な意味とは、人間が神の前に傲慢になれば、その人間の業は必ず崩壊し、また、それは社会的にも、人間を分裂させていくことになるというものです。

実際、過去に絶対的な権力を誇り、その権力によって大帝国を打ち立てようとした権力者の業は長続きしませんでした。そして、その権力者の下にいた人々は、それぞれが力を恐れて孤立していました。同じ言葉を語りながらも心が通じ合わないということが起きていました。従って、こうした巨大な権力による人間社会の形成に対する一つの警鐘として、この物語が取り入れられたのだと考えられます。聖書というのはこういうところがすばらしいのです

Q16昔の人間は長生きだった?

人間は最も長く生きても125年゛と言われています。尤も、125年も生きた人はおそらくいないのだろうと思います。

しかし、現在は長寿の時代です。100歳を超えていても、特別視されなくなって来ています。そうかといって、200年も300年もという歳は考えられません。

ところが聖書では違います。アダムは930年であり、その子のセトは915年となっています。最も長いのはメトシェラという人物です。彼は969年生きています。どういう数え方が成されたのか分かりません。ノアの洪水の後、年数はだんだん短くなっています。けれども、セムは600年生きています。ところが不思議なことに、ノアの前に、神は人の命を120年と定められたと書かれています。「『わたしの霊は人の中に永久に留まるべきではない。人は肉に過ぎないのだから。』こうして人の一生は120年となった。」(創6:3)と。ところが、ノアは950歳まで生き、息子のセムは600年生きているのです。どうなっているのでしょう。(こういう矛盾も聖書にはあるのです)。聖書では、古代の人は神に近かったと考えられているところがあります。罪が深まると共に年齢も少なくなって来ているのです。しかし、考古学的には、全く逆であり、現代人の方が長生きです。

Q17セム・ハム・ヤペテは現代人の祖なのですか?

 ノアの洪水が、文字通り全人類の滅亡を意味しているのなら、まさにこの三人は、全人類の祖と言えます。けれども、ノアの洪水の項でも触れているように、この洪水はメソポタミヤ地方に起きたものが、伝承の背後にあり、全世界的なものとは言えないところから、上の3人が人類の祖とは言えません。確かに、限定されたこの地方の多くの民族が彼らを祖としているのは確かなことでしょう。しかし、その純度は、外部からのこの地方に入ってきた人々との婚姻関係もあり、今では複雑なものになって、それを分けることは非常に困難です。しかしは、いずれにしろ、メソポタミヤ周辺の人々は、濃い血のつながりを感じさせられます。イスラエルも例外ではありません。