熱帯雨林に山、そして海 豊かな自然をもつボルネオ島は「環境」を意識したエコツアーの場として最近、注目を集めています。



東マレーシア ボルネオ島
 

 世界で3番目に大きな島です。( 1.グリーンランド 2.ニューギニア島 3.ボルネオ島 )
ボルネオ島はマレーシア、インドネシア、ブルネイの三国が、共存しています。
「インドネシア領域はカリマンタン島と言う名称」カリマンタン島の森林は、 「地球の肺」と呼ばれています。
地球上の生物種の50%が生息すると言う「遺伝子の宝庫」ボルネオ島の熱帯雨林は1億数千万年の歴史が有ると言う

 日本からは南におよそ5,000キロの赤道直下で面積は日本の約2倍です。
赤道直下の熱帯気候には、雨季と乾季があり、台風や地震は皆無の恵まれた大地
「風の下の大地」という、ニックネームは、台風ベルトの下に位置する為と言われています。
平均気温は、低地で32℃、高地で21℃程度 相対湿度は、85%−95%で、11月から2月が雨季とされています。

 この北西部一帯を占めるマレーシア領のサバ州、サラワク州、ラブアン連邦直轄区は総称して
東マレーシアとも呼ばれます。サバ州の主な産業は、材木輸出及び観光産業、伐採によって
失われて行く熱帯雨林への植林と、オラン ウータン等の野生動物の保護にも、力を入れています。
近年は、凄まじいスピードで内陸部にどんどん拡大し発展をしていてます。朝夕は車が渋滞する程です。
サバ州「マレーシアで二番目に大きい州」の州都はコタ・キナバル市( 人口 約4.530,000人 推定 )

 熱帯雨林のジャングルと珊瑚礁を擁するボルネオ島サバ州は、アウトドア派にはオススメのスポットです。
太古の姿そのままの植物や、珍しい動物を間近に見ることが出来ます。
交通とリゾートホテルが整備されているコタ・キナバルは、初心者でも安心して観光できる街です。



コタ・キナバルの歴史


 原住民が統治し、「海のシルクロード」の要所として発展したボルネオ島は、1840年代にイギリス人によってその西海岸を制圧された。1881年頃に燕の巣やグッタペルカ(樹脂の一種)、タバコなど、島の特産物を輸出するノース・ボルネオ・チャータード・カンパニーが設立される。後に島内の鉄道建設に着手した同社は、1889年、イギリスが島の西海岸ジェセルトンに植民地の拠点を築いたが、地元の人々はその街をKota China-baluと呼ぶようになる。1900年ごろには中国から労働者を招聘して人手不足を補った。1963年、マレーシア連邦がついに独立、1968年、町の再建とともに名称は、ジェセルトンからコタ・キナバル市へと改名されました。人口比率は、マレー系65.1%、華人系35%、インド系約7.7%、その他1.2%(2004年のデータ)です。



観光キーワード

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風の下の大地