トヨタホームによる マイホーム日記


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


★ ACT 7 分筆その後? ★

 
■1998年7月上旬 
分筆の関係で条件付き契約となった訳ですが、なぜ、分筆しなくてはならなかったのか書いてみます。まず、親の所有している土地の一部(庭)に建築してよいという話ですすめておりましたが、公庫からお金を借りて建てる為に必要ということなのです。【分筆】とは、法律で、ひとくぎりとして認められている土地を、二つ以上に分けることなのですが、問題は分筆には、境界をお互いに、認めなければできないということなのですが、1年程まえから、道路を隔てた前の家も対象になってしまったようなのですが、この前の家と町が道路の幅でもめているということなのです。境界杭が明確ではないのですが、アスファルトの車が通れる道路が、少なくても25年以上前にはできているのですが、そのアスファルトの中を主張されていることにより、もめそうということでした。舗装した道路のできる前にもめているのならまだしも、今頃なぜ?という感覚でした。
 
現金の手持ちのない人には家を建てるなということかとも思いました。だって借入しない場合には問題がないのだそうです。借金の担保とはいえ、なんだかな〜な話です。なんとか解決してほしいなと願うばかりです。
 
■1998年7月中旬
隣接する近所の方に挨拶にいきました。もめそうという話でしたが、挨拶の範囲では、特になにごともありませんでした。下の娘が風邪気味の為、ちくらママは行けなかったので、私と上の娘と行ったわけですが、話をするまでは、とても緊張していたのですが案外と拍子抜けしました。私の感触では、分筆するのに問題はないのかな?というのが、正直な感想でした。この感触をトヨタホームさんにも伝え、いよいよ分筆の方向で、専門の方に動いてもらいます。うまくいくことを期待して・・・
 
■1998年8月中旬
なにも決まらないまま、下の娘が肺炎になって入院してしまいました。突然で本当にびっくりしました。13日間も入院してました。生後8ヶ月での点滴なので、下手に動ける分、ベッドにしばりつけられたりしてかわいそうでした。元気になって本当によかったです。
 
■1998年8月下旬
退院したのも束の間で、10日後にまた入院してしまいました。今度こそ元気になってね。9月中旬にいよいよ分筆の立会です。さて、どうなることやら。
 
■1998年9月中旬
公庫の金利が、「2.75%から→2.55%」へ下がることになりました。金利が下がるのは大歓迎です。しかし金利が下がるということは、日本経済が下向いている訳ですから心配です。なんだかデフレになっていて景気が上向くようには思えません。
 
分筆の立会を行いましたが、道路幅で舗装してある道路の中(びっくり〜)を主張された為、立会にならず、分筆することができなくなりました。多数の人を巻き込んで当日を迎えているのにこれはないですよね。ご挨拶の時にちゃんと話をしてほしかったです。親は分割だと、土地全体に担保がつくことになる為、分筆以外ではダメということでしたので親の土地に建物を建てることはできなくなりました。今回の公庫(9月30日)は、間にあわないどころか、白紙に戻りました。先方はどうやら、公図で主張しているらしいのですが、公図なので正確ではないのにそれを主張するとは。それにしても25年以上前にアスファルト舗装された道路の中を主張するというのは、何なのでしょう。人間不信になりそうです。あ〜あっ (T.T)