11月の雑記 

 

 
28日(火)「カレーライス」

 どこかのブログの記事と重複するが、本日は、昼食に手作りのカレーライスを頂く機会に恵まれた。当然お代わり自由であった。皆良く食べた。正確には喰いまくった。皆よくお代わりした。中には3杯目、4杯目に進む豪傑もいた。昼食時は、まるで小学生のキャンプ状態であった。何で、こいつら、こんなに喰うんか、とも思った。

 おまけに皆笑顔だ。幸せそうな顔だ。例外なくニコニコしながら、空になった皿を手にし、お代わりを待つ行列に並ぶ。そして半ば口を開けたような一種法悦的ともいえる視線でお代わりを見つめながら自席に戻り、そしてタッタタッタと皿の端から犬のように平らげるのである。

 この「僕たち私たちカレー大好き」傾向は、量の大小を別とすれば、老若男女を問わないように思える。

 東京農業大学の小泉武夫先生が書かれた「不味い!」という本(新潮文庫)によると、日本人がカレーライス好きな理由には@そもそも日本人は丼ものが好きである、Aジャガイモ、ニンジン、タマネギ、豚肉などなじみ深い具を使用して「おふくろの味」を出したこと、B福神漬けやラッキョウ漬けといった純和風な要素を忘れていない、C使用する香辛料を日本風にアレンジしたこと、D最も重要な理由として、カレールウを発明して、具と煮込めばいつでもカレーライスが食べられるようになった、という五つの理由を挙げていらっしゃる。さすが喰い続けた方だけある。鋭い指摘でいらっしゃる。

 それにしても皆良く食べる。特に若い方は、カレーライスと聞いた途端に、極端な健啖家に変身するよう見受けられる。

 これが、もしカレーライスではなくて、例えば「天丼お代わり自由」とか「カツ丼食べ放題」とか「うなぎバイキング(白焼き、蒲焼、ひつまぶし他)」とかだとしたら、あれほど食べまくるだろうか。いや、おそらくは食べまい。食欲の前に、「卑しい人」、「貧乏人」といった自らに対する負の評価への恐怖から、あれほどがっついて、あたかも親の敵をとるような勢いで食べまくることはなかろう、と想像する。

 きっと、日本人はカレーライスを食べると子どもに戻ってしまうんだろう。天真爛漫な顔しながら、喜びに溢れてカレーライスを食べる姿を見れば分かる。上記小泉先生が別の頁で説明されている通り、だいたいカレールウなんてどこのメーカーのものでも大した差異はない。わたくしに言わせれば、全部しょっぺーだけだ。だからどこの家庭でカレーライスを食べても一緒なのである。
 結婚当初、家人がカレーライスをこさえた際、「今日のはジャワカレーとバーモントカレーをミックスして作ってみたんだよ」と説明してくれたことがあるが、現実的なわたくしは「そんなもん、何をどう混ぜようが全部一緒だ」と答えた。残念ながら真実だから致し方ない。家人もその真実を理解してくれたのか、それ以降は淡々とカレーを作るようになった。第一に、そんなもの評価してしまったら、「今日のも美味しかったけど、今度はジャワカレーをもう少し多く入れてみてよ、そうだなぁー65%ぐらいがいいかなぁ」等という具にもつかない会話をしなければならない。

 さて、それではお前は今日、お代わりをしたのか、と問われる方もおられるだろう。

 した。認めよう。確かにお代わりをした。ただし、それは一杯目がネコの餌程度の量だったからである。

 普段のわたくしの場合、「カレーライスってついつい食べちゃうよねぇ」等と問い掛けられた日にゃ、それこそ待ってましたとばかりに「いやぁ、僕、カレーライスってあんまり好きじゃないんだよね、インド料理?いわゆるカリーは好きなんだけどねぇ、日本のカレーライスってのはどうもねぇ」と答えることにしている。

 
27日(月)「ならばニューハーフのお話しでも」

 ようやく帰宅を果たしたものの、さしたる土産話はございません。

 そういや、ここ5,6年、東京に出た際には必ず巣鴨の寿司屋に顔を出している。その寿司屋の職人は、全員台湾出身の方である。客との会話は当然日本語だが、カウンター内では職人同士の台湾の言葉(何語になるんだ)が飛び交っている。

 先日、その寿司屋に飲みに言った際、板前に

「お客さん、大学の先生か?(中国訛り)」

と尋ねられた。その時のわたくしのいでたちは「やたら短い頭髪、青いサングラス、左耳にピアス、ダボダボの汚らしい緑色の軍隊コートにジーンズ」といういでたちであった。

 そりゃ、ないんじゃねーの、とか思ったが、こんな話しつまらんよね。

 
7日(火)「“あの服装は、商売上仕方ないから着てるだけなんだよ”(先輩談)」

 “ニットの貴公子”がテレビに出演なさっていた。

 以前職場の先輩(女性)と話した折、「假屋崎は嫌な奴だが、貴公子は良い人だ」という点で意見が一致した。

 それはともかくとして「貴公子」という言葉で調べてみた。すると

【貴公子】@身分の高い家の年若い男子。貴族の子弟。A容貌・風采がすぐれ、気品の高い男子(広辞苑第五版)。

 なるほど、後者の意味の貴公子だったのか。

 ケチをつけようと思ったのだが、納得してしまった。 

 
5日(「“これってホメ言葉”をカラオケで歌ってみたい」

 実は、そんなガッツは持ち合わせていないのが悲しい。

 カラオケを歌うことに“ガッツ”が必要なのか、と思われる方も要ることと思う。実は小心者には必要なのだ。

 大学生時代、管弦楽部の仲間と生まれて初めてカラオケというものを体験した。それまでわたくしは、カラオケ本に記載されているような歌(今で言うところのJ−POP)を聴いたことがなかった。そこで仕方なく、唯一知っている歌謡曲(=当時の言葉)を選択した。その曲名は

「あの素晴らしい愛をもう一度」

である。高校時代、合唱部で歌っていたのである。

 熱唱してみたところ、店内の客全員から盛大な拍手を頂戴することとなった。全く知らない人たちが、わたくしの目を見ながら、盛大な拍手をして下さった。

 それ以来、カラオケには嫌悪感しか抱けないのである(相当酔っているので勘弁してくれ、これで)。

 
4日(「明日は“これってホメことば?”のDVDを買って来ようかと思っている(十年前“ダンゴ3兄弟”のCDは買った)」

 昨夜は「泣きながら生きて」を見て泣いた。号泣した(家人は何故か笑いながら見ていた)。
 その後入浴を済ませ、さて寝ようと思うたら「夜回り先生」の講演が始った。また泣いた。
 深夜1時半に放送が終了したので、さて寝ようと思うたら「夜回り先生」講演の後半が始った。
 さすがに涙も枯れ果てていたので、あっさり就寝した。

 さて、先ほど休日出勤から戻りテレビをつけたところ、「週間子どもニュース」に“言葉おじさん”が出演していた。

 具体的な例を交えながら、尊敬語、丁寧語と謙譲語の差異について説明して下さっていらっしゃった(←“二重敬語”の例、よくない)。

 ところで言葉おじさんによると、「言う」の尊敬語は「おっしゃる」、謙譲語は「申す」とのこと。

 そうなると、どうなんだ。時代劇でよく使われる「おっ、おのれ、今何と申した!?」という例は果たして認められるのか、否か。

 
3日(文化の日「どこかの大学祭に呼ばれたりするのだろうか、長崎県あたりの」

 あんだだづ、すってっかぁ?(=あんた達、知ってっか?)大仁田先生、ミュージシャンもやってんだぞわー(やってるんだぞ)。

 
1日(水)「もうお腹空いたのかわ?さっきあげたばっかりでしょ!そんなに食べてばっかだと太るよわ!」

 静かな霜月の夜。

 日本人ならもの思う季節でございますが、家人はベランダでネコとの会話に忙しいようだ。わたくしに対する口調と全く同じそれでネコ共と話しているので、注意して聞いていないと不可思議かつ不愉快な会話が夫婦間で成立してしまう。

 いよいよ11月になりましたな。今年も残すところ二ヶ月。ありきたりですが一年なってあっという間です。

 ところでいきなり恐縮だが、今月の更新は全く期待しないで頂きたい。なぜなら

 10日(金)〜19日(日)埼玉・東京出張
 20日(月)〜26日(日)プライベートで東京に出張る(遊びではなく)

 という辛い予定になっております。どうか平にご勘弁のほどを。

 先ほどNHK「今日の料理」を見ていたところ、枝元なほみさんが出演してらした。枝元さんはいつもニコニコしていて、そして嫌味もなくとても素敵な方と、わたくしはお見受けしている。

 枝元さん、以前仙台の地方番組(仙台放送)に、やはり女子アナと料理を作る番組にしばらく出演してらしたので、てっきり仙台を中心に活躍している方だとばかり思っていたが、全国区の人だったんだ。

 ところで以前、上記地方番組を見ている最中に、こんなやりとりを耳にした。

アナ(男):「ところで○×さん(=女子アナ)、最近枝元さんに似てきたんじゃないですかー?」
アナ(女):「えぇーっ!どこがですかぁー!?」

 言うにことかいて、なんだその言い草は。ちったー考えろっつーの。 

 


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